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Archive for 2011年9月

理解

私たち人間の一生は、長くても80年から100年。
そんな私たちの一生を遥か越える…樹齢数百年年を越えるような大樹を理解するとはいったいどういうことなのかを考えてみれば、この世のあらゆる出来事の中で自分がほんとうに理解できていることなど何一つとして無いことに気づく。

悠久の時間軸の一点である「いまここ」から私に見える世界は、この世の事象のほんの僅か…世界のほんの一部分にすぎない。
けれど…だからこそ私たち人間は自らの内に『想像する力』を抱き、その力によって、この世界のほんの僅かな一点からこの世の全体を想像し、自分たちがいまいる「いまここ」を理解し、そしてこれから何処に向かうべきかについてを知ろうとしているのかもしれない。
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一般的に理解とは、物事の理由・原因・意味を正しく知ること…であるらしいけれど、理解が記憶や学習と深く関係してはいても、それらとは異なる連続する現象であること、しかも、独立した現象では無くこの世の様々と関係性を持つことによって理解は成立するという点でとても興味深い。

「いまここ」である一点とその周辺に無数に散らばる「トキ」「トコロ」とが繋ぎあわされることによって起こる現象…「イマ・ココ」と「トキ・トコロ」が繋がり連鎖し、広がってゆく状態こそが私たちが生きるこの世界そのもの。
ようするに理解とは、この世を知るということに近いのかもしれない。
宇宙がどのように誕生したのかを科学的に物理学的に理解すること…物理学的アプローチに興味は湧かないけれど、「イマ・ココ」がたとえこの世界のほんの僅かな一地点だとしても、この一地点だけが持つ時間軸、そして、そこから繋がる関係性をたぐり続ければ、やがて私たちは宇宙にまで到達することは間違いない。
その限りない連鎖を起こす原動力…それは全て私たちに例外なく備わっている「想像力」に他ならない。

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認知心理学(cognitive psychology)は現代心理学の主流…情報処理の観点から生体の認知活動を研究する学問なのだそうだ。その認知心理学においては、理解には段階があるとされていて、下部から上部へ向かうその段階は具体的から抽象的であるとされている。
例えば「宇宙」についての理解を考えてみれば、まずは太陽だの銀河系だの?から始まり、宇宙についての基礎的なことを学ぶことに始まる…。そうしたスタート地点に近い段階…下部では、揺るぎなく具体的な事実を検証し記憶し学習する。その結果、寸分のズレも許されない具体的な目的に持った計算が可能になり、それによって人類は宇宙空間にまで飛び出せるようになる…という下部。
でもそれよりもっともっと先の宇宙について。光ですら数億年以上かかるというような宇宙そのものに対する理解とは、人類を宇宙空間に搬送する…というような具体性ある領域とは全く別のベクトルへと向いてゆく。
私には殆ど理解不能なビックバーンもそのベクトルに含まれるものだとは思うけれど、そもそも「宇宙とは何であるのか?」という疑問は、既に宇宙という空間や物質としての天体の話しでは無く、私たちは何処から来て何処に向かうのか?という精神の領域にあるような気がする。

日々私たちを翻弄し疲弊させる…それでいて手放すきっかけすら見つけられないコンピューターをはじめ、現代を圧巻する情報ネットワークと情報端末はまさにこの認知心理学による研究成果のたまものだ。認知心理学は、コンピュータの処理モデルを構築する、それを用いて人の認知モデルを再検証することはもちろん、最近では、意識や感情、感性といった問題にも取り組むようになってきているそうだ。認知心理学にはさほど興味は無いけれど、現代心理学の主流を担うとも言われるこの学問分野が、意識や感情、感性の領域に近づいてきていることはとても興味深い。
やがてこの学問に限らずあらゆる学問やあらゆる産業がまぜこぜになってこの領域に取り組んでもらいたいと思う。

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水を汲みに行ったら孵化したばかりの蝶の群れに出会った。

僅かな期待、淡い期待、とでも言うべきか…。
「いまここ」を生きる私たちは、この世という現象…全体への深い理解を必要とする段階に向かって歩みを進めていると信じたい。
3.11以降、ずっと心の何処かにその気持ちを抱き続けているような気がする。
「いまここ」はその途上にあって、あらゆる刺激物が私たちを翻弄し、時に私たちを疲弊させることがあるけれど、それはそれでいたしかた無いことなのかもしれないとも思う…。形は違えども、そうやって私たちは過去から現在までこの世を生き次いできたのだから。
だからこそ、「いまここ」を生きる私たちがこれから向かうべき場所を知るためには歴史に対する深い理解はとても重要だ。ただしそれは、過去が正しく現在が間違っているとか、あるいはその逆とかを検証することが目的ではい。全ての歴史が「いまここ」へと繋がっているということへの理解のため…。
最も大切なことは、『全体を切り刻まずに網の目のように関係性を連鎖させ繋ぎ合わせること』
そのためにいまここを生きたいと思う。

…まずは今日やらなきゃならないことがたくさんあるけど…、
さぁ、どうする。

小池マサヒサ 記

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この美しさを理解するには…

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