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Archive for 2011年12月

『神社の人民に及ぼす感化力は、これを述べんとするに言語壮絶す。いわゆる
「何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」ものなり。
似而非神職の説教などに待つことにあらず。
神道は宗教に違いなきも、言論理窟で人を説き伏せる教えにあらず。』

上の文章は、明治45年、明治政府による神社合祀に対し、南方熊楠が神社合祀反対運動への協力を求めて東京帝国大学農学部教授であった白井光太郎氏に宛てた書簡文中の一文

(現代語訳)
「神社の人民に及ぼす感化力は、これを述べようとすると言語が途絶する。いわゆる
「何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」ものである。
えせ神職の説教などを待つことではない。
神道は宗教に違いないが、言論や理窟で人を説き伏せる教えではない。」

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宗教学者・中沢新一は南方熊楠コレクション「森の思想」(河出文庫)で、この南方熊楠の神社合祀に対する意見書の中のこの部分について次のように書いている。

「秘密儀の宗教は、表象を立てない。何か本質的なものが、自分の前に開かれてくることを、全身で体験するとき、人々は「何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」ような、不思議な感覚につつまれるのだ。それは、言語による表現や解説によるのではなく、神社と神林のトポスがつくりだす、ナチュラルな神秘感だ。人の世界を越えた、畏敬すべき何かの力を感じ取る。このような自然感情が、日本人に謙虚さと落ちつきをあたえてきた。」

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私は神道とは何であるのかを語るほどに神道というものを理解できていない。
神道のみならず、仏教であっても残念ながら同じように答えざるを得ない…。

ただ、熊楠がしたためたこの意見書には、熊楠を通じた神道を知ることができると同時に、熊楠の信じた生き方、熊楠が感じていた生命をありありと感じとることができるような気がしてならない。
それは単に神道という宗教が持つ歴史性や神秘性を守る為だけの行為では無い。
それは熊楠が一生をかけて見ようとしたこの世の全体性…熊楠が見続けた生命そのものの現れであり、この世の全ての生命に対する畏敬の表現であると思うのだ。

そう思いながら、熊楠のこの書簡を読んでみる…。

熊楠は書簡の中で、伊勢神宮を訪れた西行法師が詠んだと伝えられている言葉を引用する。

「何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」

…何がいらっしゃるのかは知らないが、有り難さに涙がこぼれる。

私の何処かで…、
私の感覚の奥底で同調し震えるものがあることを感じる。

いつか何処かでその感覚に私も包まれていたことがある。

それはいつ
それは何処だっただろうか…

私の感覚はそれを覚えている。

熊楠が生きた明治の国家は、記紀神話や延喜式神名帳に名のあるもの以外の神々を排滅することによって、神道を国民のアイデンティティーを形成するための精神的装置にしようというもくろみをもっていた。
日本国家はそのもくろみを、その後、太平洋戦争終結まで持ち続けることになる…。

私たちが生きる「いま」という時代が、熊楠が神社合祀に孤軍奮闘反対したそれ以前の状態に戻ったとは残念ながら思えない。
それどころか…
私たちは森の木々を伐採し、破壊しながら、便利さをという幻想を、ただひたすら追い求め続けている。

何か本質的なものが、自分の前に開かれてくることを、
全身で体験するときはあるだろうか。

人の世界を越えた、畏敬すべき何かの力を感じ取る場所はあるだろうか…。

この世に生きる私たちは本当は誰も皆

「何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」

そんな不思議な感覚につつまれながら生きたいと願っている。

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振動

起こることがあらかじめわかっている病など無いのはわかってはいても、病という突然が自分に訪れることを素直に受け入れられるほどに自分は成長できてはいない。
時に強がってみたり、何のことはない…と平静を装って日常の生活を続けてはいるものの、頭の何処かで時折、歯車が噛み合わずにカタカタと音をたてて回っているような気がする。

あれから半年以上が過ぎた年の瀬をむかえた今、自分は病院のベットの上にいる。
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数日前からの右目に違和感を感じ眼科の検査をしたところ、医師から緊急の治療を必要とする「網膜中心静脈閉塞症」だと告げられた。
既に発症している病との因果関係はわからない。
またもやの突然で家族に負担をかけてしまうことはなんとも気がかりではあるけれど、放置すると失明に至る可能性が高い状態…と言われては、おとなしく言うことを聞くしか無い。
数日間は点滴と点眼治療が続く。
今はまだ右目はよく見えないまま…
病院のベットの上で今年を…いや、これまでの人生についてあれこれ反省?する絶好の機会が今年のクリスマスプレゼントということだ。

半年ほど前…口腔内に発症した症状についての病名を特定することに多くの時間を費やした。その後の治療方針を方向付ける為に、ようやくつきとめられた病名
「抗ラミニン332粘膜類天疱瘡」
難治難病ではあるが、国が難病と認定し治療費を公的に負担する天疱瘡と類似してはいるものの現在のところは国の難病指定疾患には入らない。
そう言われて難病指定疾患を調べてみれば、難病が細かく分類されてはいるものの、特定難病疾患に指定されるかどうかの基準そのものはよくわからない。
患者の立場からすれば、もちろん治療費はかからなければそれはそれでありがたいけれど、自分以上に辛そうな想いをしている人の病が指定を受けられないでいることは多々あるということだ…。

粘膜類天疱瘡は、自己免疫が体内の特定の抗体に対して誤作用してしまう自己免疫疾患…その根本的な原因は解明されていない。膠原病や癌と言われているものも広い意味からすれば皆、自己免疫疾患ということになる。
自分の場合の抗体はラミニン332と呼ばれるたんぱく質の一種。
生体接着剤とも呼ばれるラミニン332は皮膚細胞間の接着に対して非常に重要な役割を担っているそうだが、最近の研究によって胃癌や肺癌とも深く関係しているということが解明されてきたという。
ようするに、体の各所が必要とする細胞組織間の接着力が自己免疫のある種の暴走によって阻害されてしてしまっている…自分の場合はそれがまず口腔粘膜で発症…ラミニン332が自己免疫によって攻撃されることで、表皮と真皮を繋いでいた接着力が極端に低下してしまっているらしい。
人間の皮膚は、外部にさらされたいわゆる表皮とその内側の真皮から成る。口腔はもちろん、胃の中も肺の中も心臓も…すべてが粘膜によって被われつくられている。
その全てにラミニン332は少なからず関与しているそうで、類天疱瘡は、胃粘膜に対する合併症リスクや目の粘膜への合併症リスクが上がるのが特徴だということだ。
そんな大切な役割を担ってくれているラミニン332なのに、私の免疫はなぜかラミニン332だけを必要に攻撃してしまうのだ。
免疫の暴走を食い止める為には、自己免疫力を低下させる必要がある…けれど、ラミニン332への攻撃を止めるように…と免疫に命令を出すことは難しい。
となると、自己免疫全体を下げることでラミニン332への攻撃力も同時に低下させる…そうしている間に既にできてしまった傷口を塞ぐ…というのが、現在の医学の主流なのだ。
最も大きな問題は、それ以外の病や外部から侵入しようとする様々なウイルスに対する免疫力を全て低下させてしまうこと。いわゆる副作用。
例えば風邪…たかが風邪されど風邪。自己免疫疾患という病を抱えた人々にとって風邪は大敵だ。
それ以外にも薬を使う以上は副作用は必ずある…。
もちろん、漢方を始めとする東洋医学や様々な自然療法など、現代医学の主流である西洋医学以外の選択肢もあるだろう。そうした選択肢には副作用が無いのかどうか自分には答えられないが、ただ、突然訪れてしまった病を前にした時、様々な理由があるにせよ、少しでも早く病を遠ざけたいと願うのは人間として当然の姿だと思う…。もしも突然の病が訪れることを素直に受け入れられるほどに成長できているのならば、落ち着いてそうした選択をすべきだと私は思いたいけれど…。

子供の頃から健康だけが取り柄だと思って疑わなかった自分に突如降りかかった難病…。10万だか100万だか分の1…の確立…そんな確立はいますぐに宝くじ用に変えてほしい。
まぁ…既に自分を自動車に例えれば現在の自分の愛車と同じ…走行距離15万km突破したあたりか…。
そう思えば、これだけ酷使してきた身体…あちこちにガタがくるのも当然かもしれない。

物質としての身体は明らかに自分自身に属しているものの、こうして病を抱えてみてあらためて思うのは、自分の身体のことは何も知らなかった…知ろうとしてこなかった…ということ。
自分にとって最も身近な神秘性をほったらかしにしたまま、自分はいったい何を追い求めてきたのだろう…。
『身体』とは一体何なのだろうか。

自分にとってArtとは生き方に近い。
優れたArtを生み出したい…というよりも、できることであればArtによってこの生を生きたいと思う。
もちろん、自分がこうしてArtという生き方を選んだ以上、実存する姿・かたちを無視することはできないし、そうした姿やかたちはその先にあるもの…この世の深層へと到達するための手掛かりとしてとても大切なきっかけでもある以上、そのきっかけとして私が何を選択し何をつくるのかは極めて重要だ。
美術家は実存をつくり出すことによって、今と過去…今と未来を繋ぐ役割を担っている。それがつくり出せなければ美術家として生きる意味は無いのかもしれない。
しかし…そうは思いながらも、自分は目の前にあるもの…いま見ているものを信じてはいなかった…そこにあること…その事実をずっと疑い続けてきたような気がする。

そうしていま…自分がArtを…美術家という不可思議な生き方を選んでまで追い求めてきた『何か』にとって決定的に足りないもの、見落としているものがあるのではないかと思う。
私にそう思わせるのは、こうして次々と自分に降りかかる病であることは間違い無いが、私がこの先で何かに気付く為にいま病があるのだとすれば、この病は私にとって必要なArtの一端なのかもしれない。

これまで自分は物質としての身体に殆ど興味を示してこなかった…。
いや…興味を示さなかった…と言うよりはむしろ、健康すぎるほどの自分の身体に自惚れ過信していたと言った方が正しいかもしれない。
そんな自分がArtを選んでしまったこと…さらに、ある頃からArtマーケットという価値観や移動可能なArtに対する疑問を抱きはじめたことに比例して、身体のみならずこの世の物質性…実存そのものへの興味そのものが遠退いていったような気がする。
その代わり…その一方で身体の非物質性…あるいは精神性やこの世の神秘性へと自分の興味は急速に傾いていった。

物質は見えがかりでしかない…けれど身体を構成するはずのもう一方…その奥底にある、目には見えないものこそがArtの本質に繋がっているはずだと考えるようになっていた自分…。
そんな自分がClimbingへと没頭していった理由もそうしたことと深く関係している。
…Climbingという範囲内とはいえ、身体を酷使しつつ、生命をより身近に感じることによって深く精神性を追い求めようとしていたことも否定できない。ただし、そんな極端な方法はやがてClimbingができなくなるほどに身体に支障をきたすことになるのだが…。

今年…私たちは3.11といういまだかつて経験したことの無い大きな揺らぎを経験した。自分の身に突然とも言える病が発症したのはその直後のこと。
これを単なる偶然だと済ましてしまうこともできるかもしれないが、自分にはこれが単なる偶然だとは思えない。
だからと言ってその因果関係を探る気も無いけれど、この揺らぎに身をまかせることによって、この先で自分が何と繋がってゆくのかだけはしっかり感じたいと思っている。

自分は、この世に存在するもの全てはある種の波動…そのものだけが持つ振動を伴ないながら存在していると信じている。
私たち人間一人ひとり、森をつくる木や草も、石も、水も、空気も…細胞も原子や分子も…全ては常に振動しながら存在している。
それぞれの波動、それぞれのリズムで振動しつつ時に同調を繰り返す。
同調することによってそこに新しい関係性が生まれる…。
世界とはこうして常に変化し続ける生命体そのものだ。

わたしたちが今年経験した大きな揺らぎは、それぞれの波動・リズムをある意味強引に同調させたのかもしれない。
おそらくは、それまでならば同調しずらかったものや、同調するにはまだまだ時間必要であったものが一斉に同調してしまうような大きな揺らぎ…。

病棟ですれちがう人…。
お互い言葉をかけることはないけれど、そこにすれちがう相手の振動を感じる。
       

              2011年12月26日 
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