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Archive for 2012年1月

標準

最低気温-5 最高気温0℃ 雪時々曇り

この時期、最低気温が0℃以上の朝は冬が遠退いてしまったような寂しさを感じる。
とは言っても、寒暖計が無くとも0℃を正確に判断できるということではない。
ただ、冬が好きなだけ。
朝は最も冬を感じることができるから、
だから冬の朝は寒い方がいい。
それだけのこと。

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右目の視力は0.04まで低下した。
目に何の不自由さも感じていなかった頃には、想像すらしなかった0.1以下の視力で感じる世界は、私たちが生きるこの世界の標準では無い。
病とは自分自身が世界の標準では無いことを知ることに始まる…。

「網膜中心静脈閉塞症」という病は、徐々に網膜の浮腫(むくみ)が進行する傾向があるらしく、その浮腫が視力にとって最も鋭敏な横班部に影響すると視力はさらに急激に低下するそうだ。おそらく私の今の目の状態がそれ。

病は気の持ちようなのか…、見えるような気がする日もあれば、今日のように、殆ど見えない気がする日もある。
いまの状態が昨日と比べてどうなのか…と質問されても、少しでも見えるようになって欲しい…と望む気持ちが自分の中にあるからか、昨日と今日の見え具合の違いをを客観的に判断し伝えることはとても難しい。

前回の診察で主治医から、浮腫を少しでも軽減させる可能性、今後予想される重大な合併症(網膜内の新生血管の発育)を阻げる為に「アバスチン」という薬を目の硝子体に注射する治療を提案され、先週、その注射を行った。
アバスチン(一般名:ベバシズマブ)という薬は本来、結腸・直腸癌に対する治療薬として開発・承認された抗癌剤。眼科領域の治療に対しては、国の承認は得られておらず保険適応外だが、アバスチンが、血管の新生、成長を活性化する血管内皮増殖因子(VEGF)という物質に対する抗体として、VEGFの働きを抑制し、異常な血管の増殖や成長を抑えるという効果が期待できることから、大学病院など一部の病院では臨床研究という目的性のもと患者の同意を得られる場合に限り使用され始めている。

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アバスチンに限らず、いかなる薬も…病に対して薬を使うにあたっての副作用の心配は、心身に重くのしかかる。事実、私が抱える一つ目の疾患、「抗ラミニン332粘膜類天疱瘡」の治療で内服しているステロイド薬の副作用は、「ステロイド緑内障」という眼病として現れた。
そして、「網膜中心静脈閉塞症」と「抗ラミニン332粘膜類天疱瘡」との間に因果関係があるかどうかについて、医学的にはそこに関係性があるという確証は得られてはいないし、原因も定かではないが、二つの病が一つの身体という生命体を通じて起こっていることを思えば、そこには関係が無いと考えることの方が不自然だ。

とはいえ、西洋医学を根幹とする現代医学が悪いとは言えない。
現代医学によって、私たちの心も身体も助けられ支えられこの世に生きる上での不安を軽減できていることは紛れもない事実だ。
西洋医学は、この世に満ち溢れる生命を常に事実という視点を持って客観的に捉える。徹底的な研究と探究によって治療方法を導きだし統計から結論を見出す。
偶然性を否定するということでは無いにしろ、偶然とは必然では無い…全ての命にとっての共通性を見出すこと…そこに集中する意識が揺るがないからこそ、これほどにも多くから頼られ続けてきたのだとも思う。
社会の価値観と西洋医学の価値観が一体化している現代。
現代に生きる私たちの生命に対する意識…西洋医学とはその現れなのだと思う。

ただ、生命を『自然』という視点から見てみれば、「いまここ」の生命バランスは極端に狂ってしまっている…と思う。
自分自身の身体を通じて日々感じる。
自分はいま自然なのだろうか…と。

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いま自分が感じている痛み…自分にいま起こっていること。
…幾つかの「病」は確かに自分自身の痛みとして、自分だけが感じられるものとして起こっている。
ただ、自分が感じているこの痛みとはどうやら、自分が抱えている「病」から生じる痛みだけでは無く、それ以外の痛みと大きく共鳴しているような気がしてならない。

世界を単純に西洋と東洋に分けることはできないけれど、こと医学に関しては、日本に生きる私たちにとって、西洋医学に対する東洋医学と考える人は多いと思う。
東洋医学は、「病気」とは体のある部分だけの病変ではなく、身体全体…すべてがつながった一つの生命体の病変としてとらえ、人体の全体性を重視する。
最も大きな特徴は、人間にはもともと備わっている『自然治癒力』があるという捉え方。
この自然治癒力を如何に高めるかが東洋医学の根幹とも言える。
別の言い方をすれば、「自分の内側から治癒しようとする力を沸き起こすことこそが重要」
それには、病が有る無しに関わらず、常に、自分と自然とは一体のもの…人間も自然の一部であるという人間観を持ち続けることができていなければそもそも「自然治癒力」という考え方を理解することすら難しいのかもしれない。

西洋医学には基本的に「自然治癒力」という概念が無いのだという。
もちろん、自己免疫への働きかけは治療にとって必要不可欠なものではあっても、あくまでも薬や手術といった外的な力の作用こそが重要であり、「自然に治る」…や、「自然を信じて待つ」…というような概念は既に西洋医学にとっての医療とは言えないということか。
この背景にあるもの…それは砂漠に代表されるような厳しい自然環境の中で生き抜いてこなければならなかったというリアリティーだと思う。
乾いた土地に生きる人々が、天を仰ぎ雨を待つ…天に救いを求める。自分を助けるものや救ってくれるものを求自分の外側に求める気持ち、「大いなる力」は自分の外側にあるもの…という気持ちが起こるのは当然なのかもしれない。
そうした土地に生きる人々にとっての自然とは生命に対しての脅威…そこには、人間もまた自然の一部という考え方…「大いなる自然に感謝して生きる」 「自然に生かされている」という発想は生まれにくかったのかもしれない。

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西洋からすれば東の果て、東アジアという温暖な気候の中に生れ育った私たち。
私たちの祖先は、五穀豊穣をもたらす大地に感謝しながらこの土地に生き続けることで、やがて、死と再生を繰り返しながら絶え間なく生命を生み出し続ける力そのものを『自然』であると考えるようになっていったのだと思う。人は自然に生かされていると知った人々は、自然への感謝と同時に、時に、人に対して猛烈な力で襲いかかる自然の脅威に対して畏怖・畏敬の念を抱きながら、それはやがて、東洋的な生命観や宗教観、自然観を育むことへと繋がっていったはずだ。
自然が生命を生み育てる。
この世に息づく生命とは全て一つの有機的な繋がり…互いに連鎖・関係しながら変化し続け、絶え間なく自己生成、自己創造していくエネルギーの現れだ。
そうした考え方があってこそ、自分の中に病を治す力や癒す力…『自然治癒力』という概念が育まれ、だからこそ、人々は『自然であること』を信じてこれたのだと思う。

「大地に感謝し自然からの恵みをいただく」と表現してきた日本人の根源的な感性は、こうした自然観が背景にあることは間違い無い。
…しかし、自分はもちろん、「いまここ」を生きる日本人にこうした自然観や感性はいったいどれだけ残っているのだろう…。時に、私たちに対して襲いかかる自然の脅威に対して畏怖や畏敬の念を感じることはあるだろうか。

「自分の内なる力」…それは、自分の内に自然があると信じる力だと思う。
いまは、この地に生れ、この地で育まれた自分の感性を信じること。
そうすればおのずと自然は私を本来あるべき姿に戻そうとするような気がしている。

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Natural Building
日本語に訳すと、自然の建築…とか、自然建築になるだろうか。
日本ではあまり聞きなれない言葉かもしれないが、アメリカを中心に、土や木や石…といった自然素材を家づくりの材料として用いながら、可能な限り自分でつくる、セルフビルドといった手法も用いながら、建築的な側面を通じて広くNatural Buildingは浸透している。

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東京都日野市個人邸 壁面を子供たちとつくる。

英語であるNaturalを自然、Buildingを建築とか建てること…と訳すことに大きな間違いは無いのだろうけれど、それが何であれ、伝えたい事柄を限られた言葉や単語にあてはめて伝えるしか無い言葉のやりとりには限界がある。
そもそも、地域性や文化や習慣を背景として生れる言語を、背景が異なる他言語に訳すことによってそこに歪みが生じることは当然…言語を訳すことはとても困難なことだ。
ただ、この歪が生じるからこそ…その歪について深く知ろうとすることの中に、私たちにとっての「いまここ」を知る手掛かりがあるような気がしている。

Natural Building は、私たちRIKI-TRIBALの活動にとってとても重要な位置にある。
今後はいま以上さらに、Natural Building という場づくりを通じて、
『自分の力でつくること』の喜びを、同じ未来に向かおうとしている人々とシェアしてゆきたいと考えている。

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PlanterCottage(東京都国立市)…上の写真右下の緑色の部分がPlanterCottage
下の写真は、その内部。 今年、4月限りで借用権が終了し建物は解体されることがきまった。1999年から13年年間続けてきたこの活動はこれで一応終了する。
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森と風のがっこう(岩手県葛巻町) 森のキッチン
「森と風のがっこう」は、岩手県北部、青森県との県境に近い山間の元分校を利用しながら、もったいない・ありがたい・おかげさまをテーマに、知識だけじゃわからない、やってみればわかる、エコロジカルな暮らしを提案している。私たちも、開校から2年後から現在に至るまで、「森風」の理念に賛同し、様々な活動のお手伝いを行っている。森のキッチンは、身近にある材料を見つけ出し、自分たちの力でつくる、森の屋外キッチンづくりプロジェクト。多くのボランティアの力と、数回のWSを織り交ぜながら、約1カ月半で完成。

日本では、ハウスメーカーであれ、住宅工務店であれ…自然素材を選択することは既に、家づくりの前提条件と言っても良いほど…。
この前提条件が、予算や工法などの制約などによって増減することはあれど、近年の日本の家づくりは素材感を通じて自然と繋がろうとしている。

かつての高度経済成長時代から、経済の低迷気へと時代が変化するにあたり、経済は自然やエコロジーを経済戦略の中心に据えて久しい。
既に自然やエコを謳うことに斬新さは無く、もはやそれは使い古された感があることは否めない。

とはいえ、自然やエコという言葉が社会に広がり浸透してきた“いま”は歓迎すべきだろう。
「自然」という極めて抽象的な概念が社会全体にとって重要さを増すためには、経済的な観点からもまた重要さを得る必要性がある…経済全体が自然という価値感を押し上げるような動きも必要だ。
たとえそれが半ば強引に仕向けられた価値観だったとしても、結果として人々が、自然に対してより深い理解へと向き始めたのだとすれば、それは良しとすべきなのかもしれない。

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茶禅洞(東京都国立市)…茶室

しかし、ほんとうの意味での自然に対する意識の芽生え、気付きがこれから起こるかどうか…“いま”は単に始まりにすぎない。
私たちの生命が自然と一体であるということについて…自然との繋がりについての学びはいままさに始まったばかり。この学びを如何に永続的に持続させるかは、私たちの生命のみならず、地球全体に息づく全ての生命にとって欠かすことができない重要課題であることは言うまでもない。

そしていま、自然と向き合う為の『場』が必要だ。
「場」とは、ある場所や地点だけでは無い。
それは、場所と人やその周りの環境が一体となってつくり出す“流れ”や“うねり”あるいはムーブメントに近い。
イメージを越え、全身の感覚によって実感として感じられるような…自分が自分以外の生命と繋がりあっていると実感する為の『場』
その「場」へと繋ぐもの。
Natural Buildingはその為の重要な機会となるはずだ。

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川崎市多摩区 個人邸 公団住宅の改装

いつの頃からか、「家」や「村」のしきたりやきまりごとに堅苦しさや不自由さを感じる人々が増え、「家族」のあり方もまた多様化することによって、家制度や村社会がはたしてきた、「共同性についての学びの場」として機会は失われてしまっているのが現実だ。
もちろん、学校教育を始めNPOなど様々によって、共同性の学びの機会は存在する。
けれど、『生命とは部分の積み重ねでは無く、一つの有機的な繋がりである』という全体性への気付きは、暮らしという一つの繋がりを通じて沸き起こるもの…その意味からすると、かつて家や村がはたしてきた役割を、それ以外が担うことはとても難しいことだと思う。その難しさは、Natural Building にとっても同じかもしれない…けれど、自然と向き合い、自然を感じながらつくることによって、人と人、人と自然が繋がりあっているという一体感がより鮮明に、より具体性を増すことによって、新しい共同性が育まれるのではないだろうか。

Natural Buildingは、自然の中に息づく生命と自分という生命を繋ぐイメージから始まる。
例えば「木の家」…自然とはこの世の生命が息づく全体の姿…連鎖と関係の網の目の中にあると同じように、「木の家」という全体の姿を生命という視点から見てみれば、その周囲には驚くほどたくさんの生命を見つけ出すことができるはすだ。
木や土や石や水…といった部分をいくら積み重ねても自然という全体には至らないと同じように、自然素材を積み重ねるだけではNatural Buildingには至らない。

Natural Building を自然の建築」と訳すことは間違いだ…とは言わないまでも、そう訳してしまうだけでは、大切な何かを見落とされてしまうような気がする。
大切な何か…それは自然に向き直ること、自然への理解、自然への気付き…それがNaturalであり、それがあることによって、建築へ…自然と建築との関係づくりへ…Buildingへと繋がってゆく。
限りなく連鎖し関係し合う一つの有機的な繋がりをイメージする為に…
「自然に対する深い理解と気付きの為の建築」
それがNatural Building 「自然の建築」なのではないかと私は思っている。

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東京都国立市 個人邸 ベランダを“空き缶”と”土“でつくる。

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私の目の状態についてご心配を頂き、心より感謝しております。
現在は、少しでも症状が改善方向に向かうよう治療を続けている段階です。
いましばらくは、ご迷惑をおかけすることもあるかとは思いますが、どうかご理解ご協力を頂けますよう、今後ともよろしくお願いいたします。           小池雅久

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Karl Blossfeldt

こうして自分がこの病に接してみて思うのは、
あらためて、この世は目に見えないもので満ちている…ということ。

左の手のひらで左目を覆い、薄ぼんやり幕が張ったようなまま、ぼやけて見えにくい右目で雪原のずっと先を見つめながら足元の雪を握る。
手の中で融ける雪。
自分の中に流れる温かい何かを感じた。

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今から70年近く前に始まった日本の戦後は、「高度経済成長」という国策のもと、集団就職列車や出稼ぎなどによって、地方の労動力を大都市とその近郊に誘導することに始まった。これによって、都市にはヒト・モノ・カネ・情報が集まり、戦後復興の、今日の日本をつくりあげる原動力となった…と私たちは理解している。

しかし、それが国土とはいえ、生命と同様、部分を積み重ねても全体にはならない…生命とは一つの有機的なつながりで、部分の和とは異なるもの。
全ての生命は連鎖と関係のもとにあるはずだ。
今日の都市とは、国土全体のバランスを著しく破壊することによって巨大化、成立しているという事実を私たちは忘れてはならない。そして、何がどのように破壊されてしまったのか、それはつくり直すことは可能なのか、どのようにしてつくるのか…についてを、たえず生命という観点から捉え、実践してゆかなければならないと思う。

生命とは、この目には見えない。
私たちがこの世に生きながら生命に気付く為には、満たされすぎた都市の暮らしを目を閉じたまま、全身で感じてみる必要があるのかもしれない。

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都市と地方の格差問題は、少子高齢化という問題と連動して語られることが多い。
…子供の出生数が減少し、高齢者の人口は増加している…という人口分布からは、少子高齢化の傾向は見えるけれど、だがそれをそのまま少子高齢化問題として捉えることには疑問が残る。
今日の日本、とりわけ戦後の日本を必死に立て直してきた人々が歳を重ね、高齢となったことには、感謝こそすれど、そうした人々の高齢化を問題扱いすることはできない。
今後ますます進む高齢化社会においては、なによりも、高齢者に対する「感謝」「尊敬」の念を社会的に確立させる必要がある。そんなことは本来、確立するようなことではなく当然でしかるべきことかもしれないが、既に高齢が問題扱いされてしまっている現実社会においては、何らかの行動が必要になることはいたしかたないことだと思う。
いまのままでは、「姥捨て山」的な社会風潮は加速し、世代間の繋がりはさらに希薄になり、この世の生命バランスはいま以上、さらに崩れてしまう危険性がある。

…例えば、私が現在暮らしている長野市。
長野市には全国的に名の知れた善光寺や戸隠神社を始め、数多くの神社や寺院がある。高齢化社会においてはこうした神社や寺院の役割は極めて大きい…。当然それら数多くの神社や寺院を擁する長野市の役割も重要ということだ。
神社や寺院が観光客集めの装置としてあるだけではなく、この地に暮らす人々が、高齢者のみならず、全ての生命に対する「感謝」「尊敬」の念を持って生きる暮らし…その先頭に神社や寺院、そして長野市が立つことが望まれる。そういった姿は、この長野地域のみならず、地方と都市を繋ぐ重要な糸口となるはずだ。

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社会的に見れば、医療や介護のコストが増加するのは、今後社会の重要課題ではあるものの、それはそうした人々が高齢化したことが原因というわけでは無い。高齢化率が上がることが問題視されてしまうのは、本当の問題の解決策が見出せない…という深刻さがあるからだ。

本当の問題、それが「小子化」
生態学的、地球環境的、食糧的観点…から考えれば、地球人口は既に過剰であり、これ以上の人口増加はさらに問題を増加、加速させると言われているけれど、地球規模で見た場合の人口増加の問題を、生命とは一つの有機的なつながり…連鎖と関係の視点で捉えれば、日本における地方と都市の格差や少子化という問題と、地球規模の人口増加問題には関係があると考えるべきなのかもしれない。
地球人口は増加の一途、日本の地方人口は減少の一途…東京圏の人口増加が止まる数年後には日本の総人口の減少が始まる。

日本のいまを生きるためには、大なり小なりの差はあれど経済活動は欠かせない。
そしてまた、地方人口の減少、少子化という深刻な問題はこの国の経済のありかたに直結している。
地方の人口減少の大きな理由は、若者の働き口が年々少なく無ってきていること。
地方のみならず、この国の若者の人口減少は私たちの生きる社会にとって極めて深刻な問題だ。
地元に残る若者にしても、雇用が不安定で収入が少なければ結婚もできず子供も生めない…という現実が直面する。地方社会からの若者の減少は、地域に元気がでない最大の要因となり、結果として地域経済の縮小再生産を生む。

この問題を解決する為には、大きな側面では国策が…「これまでとは真逆の国策」が必要なのかもしれない。これを簡単に言ってしまえば、都市から地方へ「モノ・カネ・ヒト・情報」を移動させること…それは戦後復興の際にとった国策とは真逆の国策だ。
とは言っても、いま望まれるのは、かつて地方の衰退ぶりを憂い、総理大臣にまで登りつめた田中角栄氏が著した日本列島改造論では無いし、土建国家の地方拡散でも無い。
言ってみればそれは、「人を育む社会」に向けた国策ではないだろうか。
まずなによりも、若者が働ける職場、環境づくりは急務…。
地方での結婚・子供の誕生・安心できる子育て・教育環境の充実…などを、大胆に、真剣に国策として実現させるようでなければ、地方の人口減少、少子化に歯止めをかけることは極めて難しいのではないだろうか。

政治の役割は重要だ。けれど、国政であれ地方政治であれ、政治は政治家という専門家の職業になり…人々の暮らしから遠く離れてしまったことによってつくられる、“他人まかせ意識”が、地方と都市の間の格差問題や人口減少少子化という問題の根底に横たわっている。…私たちはあまりにも政治に無関心でありすぎた。
私自身ずっとそうだった。
政治に疑問も不信も感じるまでもなく、政治は遠いところに置かれたままだった。
「自分たちの暮らしについて自分たちが考える。」
「自分でできることは自分で行う。」
それがいつからだろうか…自分の責任を政治に転換するようになってしまったのは。

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私自身は既に若者とは言えないが、かつて東京から長野市に、家族と共に戻って暮らす想像をするにも、「仕事」は大きな障壁となっていたし、実際、こうして長野市に暮らすようになったいま、私の仕事がある意味で特種とはいえ、東京に暮らしていた頃に比較すれば仕事も収入も激減している。
ただ、これについてはある程度は想像していたこと…。だからこそ長い間、東京から離れることができなかったのが現実だ。
たくさんの人も物も情報も、そして金も集まるからこその大都市。
東京のみならず都市の引力は強大だ。
自分のこれまでを振り返ってみて思うのは、この引力圏から抜け出すには、それ相応の覚悟と決意が必要なのかもしれないということ…。
そして、都市を離れ、いま地方で暮らすには、「自分の働く場は自分で見出す力」が必要なのかもしれない。
夢や想いは人間を揺り動かす原動力…生命力の源だと私は信じてはいるけれど、残念ながら都市での暮らしと同じようにしているだけでは、地方では働く場は見出せない。

では、どうすれば良いのか…。
…私は、それこそが生命への気付きなのではないかと思う。
この世に満ち溢れる生命とは一つの有機的な繋がりそのもの…全ては生命と連鎖関係する網の目の中にある。
この世に満ち溢れる生命への気付きと共に自分の中に『いまここ』の感覚は沸き起こる。
都市に依存した暮らしから離れ、『いまここ』の感覚を信じて生きると決意したならば、必ずやその先に自分の働く場が見えてくるような気がする。

本来、政治とは、この『いまここ』の感覚を持つことから始まるのだと思う。
「いまここ」という瞬間から次の「いまここ」という瞬間へと繋ぐもの…それが「生命」あるいは「人」であるとすれば、政治とは「生命」もしくは「人」との対話…政治力とは生命と対話する力に他ならない。

美しいものがなぜ美しいのかを見抜き、その美しさ長く後世まで繋ぐ力…
そうした力を私たち一人ひとりが持つことでようやく、地方と都市は一つの有機的な繋がりを持った全体へと戻ってゆくのかもしれない。

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永遠に続く瞬間の積み重なり…。
瞬間を、いまここ へと導くもの…それが生命。
いまここ に自分は生きている。

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私たちの誰も、自分自身がこれから何処に向かおうとしているのかを知る為に、行く先を決断する為に、『いまここ』という感覚を欠かすことができない。
『いまここ』の感覚は、この世に満ち溢れる生命とは一つの有機的な繋がりであるということ…全ては連鎖と関係の網の目の中にあることへの気付きと共に沸き起こる感覚だと思う。

いま私たち人間は、この世に息づく生命の本質でもある、連鎖と関係の網の目からはみ出してしまってはいないだろうか…。暴力とはこの世の生命全てが連鎖し関係し合う網の目からはみ出した姿だと私は思う。
この世の全ての関係性が非暴力の元に繋がりあうことをイメージする力を身につけることが必要だと感じていた私は、自分の生き方として選択したArt…美術とは、その為に、誰もが使える必要性があるのではないか…と思ったことがRIKI-TRIBALの始まり。
以来、RIKI-TRIBALの活動の中心にWorkshopを位置づけてきた。
私たちが考えるワークショップとは、自らの経験や体験をとおして感じたこと、考えたこと…気付きをシェアすることによって、自らの成長のみならず、互いに成長を促しあってゆく為の場づくりそのもの。

昨年11月と12月に、Rocket Stovesのワークショップの講師(ファシリテーター)として関わらせて頂いた。どちらのWorkshopも価値ある時間となったことに感謝しているけれど、私自身にとって、あらためてWorkshopそのものについて考える貴重な機会となったことに感謝しなければならない。
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Rocket Stovesについて自分たちなりに思うことや伝えたいことなどについては時折、マゼコゼ日記にも書いているので、そうした記事を読んで下さった方が、遠路はるばる、Cafeマゼコゼまで見学に来て下さったり、質問のメールを送って下さったりと、それはそれでとても有難いしとても嬉しい。
それでも…Blogという通信手段の限界というか、文章で伝えるということの難しさ、歯痒さを感じることは日々とても多く、そうした限界や難しさの全てをワークショップが埋める?…ことはできないまでも、人と人が直接会って、話したり作業を共有することによって得られる独特の効果はワークショップだらかこその魅力だと思っている。

そもそも自分が、Rocket Stoveについての多くを知ったのはインターネットという通信手段の発達があったからこそ…当時、その全てがアメリカからの発信だった。
そのことを思うと、自分の経験もインターネットを通じてシェアすることはとても大切だ…と思ってはいるものの、残念ながらいまのところ実現できていない。
自分はやはりローテク思考なのだろうか…Workshopのような、人と人が直接会って、話したり作業を共有する場をつくることへと意識も体も向いてしまうのだ。
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Workshop…は、ここ最近になって広く一般的に認知された感がある。
自分が意識的にワークショップという手法を用い始めたのも10年ぐらい前から。
…今思えば、それ以前から…それは学生の頃から。まだワークショップという言葉そのものが使われていなかった頃、自分一人では作業が難しい大きな作品づくりは友人に協力してもらったり、一人だけでは効率が悪い作業(陶芸の窯入れとか野焼きとか…)では、共同すること、お互いに協力することは欠かすことはできなかった。そうした経験が、現在の自分のワークショップの基盤となっていることは間違いないと思う。
そうした中にはその後のWorkshopへと通じる要素も多々あったし、その殆どがWorkshop的な展開の中で進められたこともたくさんあったとは思う。
でも、人と人が会話し、作業を分担し、その場を共有しながら、何か一つをつくり上げるだけなら、それはやはり共同作業の域を越えることはない。
例えばそれは、家づくりにしても、合唱や演劇にしても同じかもしれない。
私たちの多くが経験している「学校での学び」と「Workshopでの学び」はいったい何がどう違うかを説明することはとても難しいけれど、なぜWorkshopでなければならないか…は重要だ。

ワークショップについて定義付けるつもりは無いけれど、それでもここ最近、問題解決やトレーニングの手法、学びと創造の手法としてこの言葉が使われる事はとても多く、あらゆる分野で「ワークショップ」が行われているのは事実。
美術・芸術の周辺でもその傾向は同じ…最近では多くの美術館にはワークショップ専門担当の学芸員がいるまでになっている。
こうした傾向を否定するつもりは無いけれど、Workshopは未だ発展途上の段階だ。ここにはまだ大きな可能性があると思っている者の一人としては、これが単なる一過性のスタイルや、人集めの為の都合の良い言葉になってほしくないと思うと同時に、自分自身が『Workshopという場』をつくる者として、その難しさを越えてゆかなければならないとも思う。
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昨年から今年にかけての自分の身体の変調によって、RIKI-TRIBALのこれからについて見直してゆかなければならないとは思っている。
年末に発症した目の病によって、自分が「いまここ」ですべきこと、「いまここ」でなければできないこと…についてあれこれ考えてはみてはいるけれど、所詮、自分にできることはたった一つ…
『自分の手でつくること』しか無い。
大袈裟かもしれないが、私にとっての気付きの全ては「自分の手でつくること」から起こったこと…と言ってもいいぐらいだ。
もちろん全てが今までどおり…にはいかないとしても、これからも自分の生き方の中心には、この一生が終わる瞬間まで、「自分の手でつくること」が置いておきたい。
その素晴らしさを…自分がこれまで「自分の手でつくること」によって得られたこと、そして今も持ち続けていることを、それを望んでくれる人々とシェアしてゆきたい。
シェアのかたちは色々…ワークショップもその一つ、マゼコゼをいま以上に、共につくる場として積極的に使ってゆくつもりだ。
それはきっと、昨年、大町市八坂の山中でのワークショップでも強く感じたこと、
『Shareによって育まれる気付き”が連鎖し循環する暮らし…生き方』を実践してゆくことだと思う。
そうすることによって、「いまここ」から、共に考え共につくる未来へと向かうのだと思う。

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クリスマス直前に右目の様子がいつもと違うことに気がついた。
いや…ほんとうは、気がつきたくなかった…。

数か月ほど前から、粘膜類天疱瘡の治療に使用しているステロイド薬の副作用が顕著に身体に現れ始めた。
薬によって想定される副作用はある程度はわかっているものの、その副作用が何処に現れるかは、人によって違いがあり、それが何処に、何が起こるかはわからないという。
自分の場合は2か月ほど前から、眼圧が急激に上がる「ステロイド性緑内障」を引き起こしていたこともあり、目の不調は特に気がかりではあったものの、それでも、これは以前の症状とは違う…いつもと何かがちょっとだけ違うだけで、少し経てばいつもどおりに戻る…と思いたかった…。

網膜静脈閉塞症は、網膜の静脈が閉塞し(血管が詰まって血液が流れなくなる)眼底出血を引き起こす病気。
静脈が詰まると、そこまで流れてきた血液の行く手が阻まれ、末梢〈まっしょう〉側(心臓からより遠い方)の静脈から血液があふれ出す。あふれた血液は、網膜の表面にカーテンのように広がる眼底出血となったり、網膜内に閉じ込められ網膜浮腫〈ふしゅ〉…網膜の腫れを起こし、眼底出血が広がっている部分の視野が欠ける、あるいは網膜浮腫では視力の低下として自覚されることがある。とくに、黄斑〈おうはん〉…網膜のほぼ中央にある視力にとって最も鋭敏な部分に出血や浮腫があると、視力は極端に低下する。
網膜の静脈は、眼球の後方にある視神経乳頭〈にゅうとう〉で1本になり、そこを終点に集合するように、網膜全体に枝分かれして広がっているそうだが、網膜静脈閉塞症は、静脈閉塞が起きた場所により、病状に大きな差があり、静脈の枝の部分が閉塞した場合を「網膜静脈分枝〈ぶんし〉閉塞症」
乳頭部で静脈の根元が閉塞した場合が「網膜中心静脈閉塞症」

自分の場合は、「網膜中心静脈閉塞症」

確立の低さにあたるセンスがあるのだろうか…網膜静脈閉塞症のうち8割以上は静脈分枝閉塞症とされ、中心静脈が閉塞する「網膜中心静脈閉塞症」は確率的には低いらしい…。
原因として、一般的には血圧の急激な変動がきっかけとなったり、あるいは血管そのものの炎症、薬の副作用である可能性も大きいが、今のところ原因は特定はできていない。

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痛みを表現することは難しい。
痛みを感じながらも、所詮自分は美術家でありたいと願ってはいるだけで
この痛みを表現するとは何であるのかすらわからないまま…。
自分が今抱えている痛みを伝えるとは…そもそも自分が感じているこの痛みとは何なのかすらわからない。

どんな病気であれ、病気は何かしらの痛みを伴う。
とりわけ、不治であったり、難治であったり…ましてや死を目の前にした人であれば、傷を負ったときに感じるような身体の「痛み」ばかりか、言葉に尽くせぬ不安という痛みを心に感じつつも、そもそも、自分の痛みを表現する…などということは微塵も思うこと無いほどに、痛みは全身を貫いているのかもしれない。

見え過ぎ…と言われるほどの視力が、ある日、突然急激に低下したことに始まった不安。
今年に入り、その後の経過があまり思わしくはない。今後は眼球への投薬注射とレーザーによる手術となるが、今のところは、全く見えないわけではない。現在の視力だけで判断すれば、私以上に視力が悪い人は世の中には幾らでもいる。
とはいえ、このままでは失明の危険性は拭えない…このまま視力が回復する可能性は低い…という現実を素直に受け入れられるほど自分は成長できていないことを痛感する。

あの日までは見えていたのに…
二度とあのように見えることは無い…
なぜ、こんな病気にならなければならないのだろう…。

これが病気…であるということを、生れて始めて知った。

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「心の痛み」とは、病気や死を前にして感じるさまざまな不安や心配だとすれば、
どうやら自分は、いま抱えている不安や心配を、一度でも自分の表側に出してしまうと、もう自分の力だけではこの痛みを抑えることができなくなってしまうのではないかと思っているような気がする。
それは、迷子になった子供が必死に泣くのを我慢していた矢先、母親の姿を見つけるなり、堰を切ったように泣き出してしまうようなもの…であるかもしれない。

「患者」を意味する英語「patient」には、「我慢する人、忍耐する人」という意味があるそうだ。
たしかに、病気を抱えるということは、身体的な痛さや様々な辛さにさいなまれながらも、その苦しみと向き合いながら過ごすということでもある。
…。
誰しも、苦しみと向き合って過ごすことは辛い。
この辛さに打ち勝つためには、自分が強くあらねばならない…と人は思う。
自分もそう思う。
ただ、自分に限らずおそらく日本人の多くが思う、『強くあらねばならない』には、我慢や忍耐の意味合いが強く含まれていることは否めない。それはまた、「痛み」という辛さを他人に伝えることは、そもそも自分が弱いからだ…と何処かで思っているからかもしれない。

昨年の3.11・東日本大震災では、数え切れない程の痛みと辛さが多くの人々を襲い、未だそうした痛みや辛さは癒えてはいない。
私たちはあの震災で、「強くあらねばならない」とは「これからを共に生きること」であるということを学んだのだと思う。
もちろん、痛みや辛さは主観的なもの。
それに立ち向かうのは自分…逃げることはできない。
私たち日本人が長く持ち続けてきた我慢や忍耐という精神性を全て否定することはできないけれど、人が否応なく抱えてしまった痛みや辛さを自分一人だけで背負うことの美徳は存在しない…それはもはや幻想であることを私たちはあの震災で身を持って知ったのではないだろうか。

「これからを共に生きること」
…言葉にすることは容易く、実践することは難しい…。

美術あるいはArtという生き方を選んだ私が抱えることになった病。
病は私に大きな「身体的痛み」と「心の痛み」をもたらしている。
…とはいえ、病を抱えている…とは言っても、身体の不自由さが無いことは幸い。
「いまここ」 ですべきこと、「いまここ」 でなければできないことがしたい。

自分が抱えたこの苦しみと向き合いながら過ごす姿を、何らかの形によって表すことは、今の自分にできる「これからを共に生きること」への一歩なのではないかとわずかながらに思う。

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