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Archive for 2013年6月

表面からは捉えにくい本当の心、表わしにくい本当の気持ち…こうした心情を私たちは真意と言う。

「ほんとうはどう思っているのだろう…」
日常生活の中でそう思うことも少なくはない。
表に表わされる言葉や行動からは捉えづらい真意。
とはいえ、真意とは単に表面とは逆であるとか裏返しと言う意味とは違う。
真意を察する気持ちを持つことは大切なことではあるけれど、真意ばかりを気にして、いま起こっていることが見えずらくなってしまっては元も子もない。

私たちの心や気持ちは、思考と大きく関係していてはいるものの、試験問題を解くような思考回路を辿ってもけっして辿りつけない…どこかにある。
真意は私たちの内の…どこか別の深いところから発しているのだろうが、自分の内から発しているからといって、必ずしも自分が自分の真意を捉えられるというわけでもない…。
私たちが思考で理解したり判断できる範囲を表層として、その下に何重にも折り重なって連なる…おそらくは、ある層は歪曲し、またある層は薄く途切れたりしながら延々と連なる層が私たちの心をつくり、そうしてできた心は表層に言葉や行動となって現れる。

心が傷つく…とはそうした層の何処かしらが傷つくということだが、傷つくというよりはむしろ、”心の形成層が剥がれた状態”といった方が正しいような気がする。
心の傷とは、層を形成する出来事に対する傷ではなく、層と層の間を繋ぐ部分の損傷…繋がりの途切れ…から生じるのではないかと私は思う…。
真意とは、そうした薄く脆い層が折り重なってつくられた心に包まれている。

考えてみると…
それはちょうど、地面の上に立って、土をじっと眺めながら、その内を、その先を想像することに似ている。
気がつけば、自分はそうやってずっと、自分が立っている場所について考え続けてきた。子どもの頃からずっと…いまも。

私はたくさんの人に教えてもらったし、教えてくれた人に感謝してはいるけれど、私が知りたいことについてを納得させてくれた人はいなかった…と思う。
どうしてここから草が生えてくるのか…川の水はどうしてずっと流れてくるのか…
どうして風がふくのか…。
図書館に行って、随分と色々な本も見てみたけれど、知りたいことはどの本にも出ていない。
そうじゃない…自分が知りたいのは、そういうことじゃない。
私の心の層は途中で剥がれず折り重なっているのだろうか…。

…こんな想いが湧いてくるのは、きまって何か手を動かして作業している時。
昨日も、寸法を測り材木を切っている時に頭をよぎった。
それは、心と体がほんの少しだけ離れたような感覚にも似ている…。

なんでこんなことしているんだろう…。
自分は、なぜこうまでして、ずっとつくることにこだわり続けているのだろう。
つくるたびに、自分はなぜこんなに辛いことをずっとしているんだろう…って思うくせに。
じゃぁ、やめれるのか…。
いや、やめれない。

私の内の何かが震える。
私の内で震える何かを感じる。
私の内の何かが外側にある何かと同調し震えている。
…。
真意は私の内に端を発し、私の遥か彼方と繋がっている。
真意はここにあるもの…私が見ている いまここ と絶えず繋がっている…。

見続ける。
それがほんのわずか、震えていることに気付くために。

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「一本の線を引く」

娘の小学校入学というタイミングにあわせ、私たち家族は長く暮らした東京を離れ、私の生れ故郷でもある、長野市へと移り住むことにした。
あれからおよそ4年が経ったここ最近、寝ぼけまなこで、ぼやけたまま見ていたここに、ようやくピントを合わすことができるようになってきた気がする…いままで、なんとなく見えているので良しとしていたものが、ピントが合うことによって実はまったく違うものであることに気付いたような驚きと共に…。

私たちが暮らす ここ(まち)とは、山に囲まれている場所…では無く、ここ(まち)もまた山の多様な形態のひとつのあらわれであると気付いた途端、私の中で燻ぶっていたものが、すぅ っと 消えてゆくような…自分がなんとなく軽くなってゆくような気配を感じた。
そしてこの気配について考えた時、ふとダライラマ14世の言葉を思い出した…。

「砂に一本の線を引いたとたんに 私たちの頭には「こちら」と「あちら」の感覚が生まれます。この感覚が育っていくと、本当の姿が見えにくくなります。」

この世には、「こちら」と「あちら」の感覚が溢れている。
私たちはなぜ砂の上に一本の線を引こうとするのか。
その線によって生まれる「こちら」と「あちら」の感覚を育むことによって保つことができるものがあるがゆえ、私たちはこの感覚にいつまでも浸り続けようとする…やがてそこから抜け出すことができなくなる。
私たちがこの感覚を育み保とうとするものとはなんだ…。

私たちがこの世を生きている間、地球は太陽の周りを回り続ける。
その回数は人によって違いはあれど、太陽と地球との関係性が私たちをはじめ、この世の全てにも関係していることは疑いようもない…この関係性を私たちは生命と呼んでいる。
生命とは、「こちら」と「あちら」という線によって隔てることのできない繋がりの連鎖…時間という流れの中にあり、終わりと始まりを永遠に繰り返す現れ。
この世に繋がっていない生命は何一つない。

「こちら」と「あちら」という感覚は、止めることのできない時間を、
…永遠に繰り返す生命の流れを一時的に停滞させることのできる感覚だ。
私たちはそうすることで、一時的であれ『私』を感じることができる。
そしてまた、私を感じることによって、私の中の生命を感じることができる…。
でも、その感覚を長く持ち続けること…この感覚を育てるということはまた、生命を極めて危険な状態にさらし続けるということなのかもしれない。

私とは他の誰でもない私…されど生命は全て一体だ。
私の生命は私以外の生命と常に呼応し続けることによって保たれている。
いまを苦しく感じるのは、私の生命が苦しいからとは限らない。
私の生命が私以外の生命と呼応しているからこそ、いまを苦しく感じることもある。

一本の線を引く私…。
そこに感じる私。
私とはこの世の生命そのものの現れであることを忘れないでいたいと思う。

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学習指導要領は、文部科学省が告示する教育課程の基準。
全国、どの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするため、文部科学省が、学校教育法等に基づき、各学校で教育課程(カリキュラム)を編成する際の基準を定めたもの。
「学習指導要領」は、戦後すぐに試案として作られ、現在のような大臣告示の形で定められた昭和33年から。ほぼ10年毎に改訂され、現在、小学校では平成23年4月~、中学校では平成24年4月~、高校では平成25年度入学生~「新学習指導要領・生きる力」に基づた学校教育が行われている。

生きる力を育むために、子どもたちの未来のために…で始まる、「新学習指導要領・生きる力」は、>子どもたちの現状をふまえ、「生きる力」を育むという理念のもと、知識や技能の習得とともに思考力・判断力・表現力などの育成を重視しています。これからの教育は、「ゆとり」でも、「詰め込み」でもありません。<
と謳う。

いじめや体罰、不登校といった、学習の方法や学力に関する問題ではない、学校とは、教育とは…といった、学校そのもの在り方が問われる声が大きくなり続けている今…こうした疑問や問題意識も絡めた国としての方針が、『新学習指導要領・生きる力』なのか。
そのいっぽう、全国一定水準を目指す学習指導要領ではつくり得ない教育を求める声は昔からもいままでずっとあり続けてきた。
自主学校やフリースクールなど、国の方針からは一線を引いた学校づくりをつうじて、教育とはいったい何であるのかを考えようとしてきた人々は数多い。

学習指導要領と脱学習指導要領…この間にできる深い溝の淵に立たされているのは、いまも昔も変わらず、子供たちだ。
どんな教育を選ぶかはもちろん自由だし、子の親である大人がその子どもが受ける教育を…学校を選択するのは仕方のないことだとは思う。

でも正直言って、人の育みにとって学校教育は重要ではあるものの、所詮 学校は学校でしかない…教育なんかで人の根本は変わらない…と私は思う。
もしも仮に、一時の間、教育によって変わったように見えたとしても、やがてはその人本来の姿に…その人をつかさどる生命が赴く方向に向き直る…それが『自然』なのだと思う…私たちは誰もみな、自然には逆らえない。
教育とは、自然に逆らわず、生命の赴くままの自分へと振り向けるためのきっかけのうようなものではないか…。
教育が人をつくるわけでは無いと私は思う。

それは例えば、服をつくる時に使う型紙のようなもの。
誰もがいきなり服がつくれるわけではない…その方法は色々だろうが、服をつくるためには何かから、誰かから服づくりを学ぶ。
学ぶことが楽しい人もいれば、辛く感じる人もいるだろう。

私は教育とは、やがてその型紙が無くても…型紙に頼らずにつくれるようになるかどうか…どうすれば、型紙が無くてもつくれるようになるのか…型紙が有ると無し…その違いは何なのか…それをいつも頭の何処かでイメージし続けなければならないのではないかと思っている。
教える側も、教わる側も。
それは言いかえれば、「自分の力でこの世を生きること」のためにあるのではないかと思っている。

…。
不安があろうが、失敗しようが、自分の力で生きてゆく醍醐味を感じられるかどうか…それこそが私たちの生命が欲する大切な教育だと私は思う。

私は教育者ではない。
「新学習指導要領・生きる力」を否定するつもりも無いが、それを必要とすることも無い。
既存の学校教育であろうとなかろうと、どちらでも良いと思う。そんなことはどうでもいい…。
ただし、教育は人を人として自由にするためのもの。
教育に乗じて、人から自由を奪わないようにだけはして頂きたい。

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ラジオのニュースも、新聞の紙面も、フェイスブックに流れる情報を聞いたり見たりするにつけ、まったくなんてことだ…と思うことで一杯だ。
いまが情報化社会であることは認めざるを得ないけど、こうも一方的に情報が溢れかえる現状のままでは、私たちが情報をかえって遠ざけてしまうことにもなりかねないし、そうした状況の訪れを虎視眈眈、待ち続ける輩もいるかもしれない…。

メディアとは情報を選択しそれを売り買いすることで成立するしくみだ…売れる情報を買ってくれる人に向けて配るのがメディアの仕事…。
でも自動車も家電も音楽も、野菜もお米も…私の仕事だってそこは変わらない。
情報が悪いわけじゃない…。
大手と言われるようなメディアをああだこうだと責めたてることは簡単だが、責めて批判するだけでは何も変わらないのではないかと私は思う。

問題の本質はそこじゃない。
情報をどう受け取るかは、私たち一人ひとりに委ねられている。
私たちがいましなければならないことは誰かを批判したり、徒党を組んで誰が強いかとかを競うことなんかじゃない。
そんなことより“自分で考えること”こそが大事じゃないのか…。
その先にあるのもの それが「自由」そしてその先に「平和」がある。
自由を放棄したり、自由とは何かを考えることもせず、ましてや自由を他人に委ねたりしてはいないか。

…。
それにしても、これだけたくさんの情報の中から自分にとって必要な情報を選択し解釈し、自分にとっての生きる力へと変換する…ということは並大抵のことじゃない。
一人きりで考えたって何も答えは出ない…それどころか、膨大な情報は疑問に絡みつき、疑問は新たな疑問となって膨らみ、やがて何も、誰も信用できないという不信感を育て、結局は自分を痛めつける…。
もうこれ以上 いのち を傷つけあうことはやめにしよう。
外に出よう。

外に出て歩きながらみんなで考えよう。

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在ネパール日本大使館は5月31日、ネパール・ヒマラヤ山系 世界第7位の高峰ダウラギリ(8167メートル)で23日に死亡した日本人女性の身元が、東京都練馬区の河野千鶴子さん(66)と確認されたことを明らかにした。
助産師で看護師でもある河野さんは、主婦業と助産師という仕事をしつつ50歳から本格的な登山に挑戦し始め、これまでに7大陸最高峰および8000メートル峰5座に登頂成功した登山家として知られている。

今回のダウラギリ登山はシェルパ2名との登山であったそうだが、頂上から120メートルの時点で河野さんが体調不良を訴えて引き返していた途中、7700メートル付近で酸素吸入を行ったものの力つき息を引き取ったという。残るシェルパ2名は河野さんの遺体を残して下山を続けたが途中1名が滑落、かろうじて生き残ったシェルパ1人がベースキャンプに辿り着き遭難の様子を伝えたとのことだ。
この時期になると一帯は雪崩などの危険性が高くなり、遺体搬送作業だけでも死を賭する活動になるそうで、おそらく遺体は7700メートル地点から降ろせないであろうとのこと。そうした場合の遺体はシュラフとテントで覆って氷河のクレバスの奥深くに落されるそうだ。
つい先日の、三浦雄一郎氏の80歳という世界最高齢でのエレベスト登頂成功とほぼ同時期に行われたヒマラヤの高峰登頂の試みだったにもかかわらず、一方は輝かしい成功であったのに対し、他方は悲劇に終るという極めて対照的な出来事でもあった。

山国である信州に生れ、目の前に山と川がある場所で育ち、野山を駈けまわる私にむかって母は、「このあたりの山なら良いけれど、高い山に登ってはだめ…」と、ことあるごとに言い聞かせていたことを思い出す。
それは、人一倍好奇心と冒険心が豊富で運動神経もまずまずのわが子を見ながら、このままだといつかこの子は高い山にも登りかねない…高山の登山には遭難が付きものだ…という我が子を案ずる親の想いがあったからだと思う…。くわえて、もしも遭難した時には高額な捜索費用が必要になることも理由の何処かにあったとは思うが。

そんな私の子供時代…三浦雄一郎は私にとってのヒーローの一人だった。
世界最高峰エベレストをスキーで滑り降りるという快挙に幼い私の胸は高鳴り、いつかは自分も三浦雄一郎のような冒険家になりたいと、地図帳を眺めながら、未だ誰も挑戦していない冒険の地に想いを馳せていた。

あれから数十年。
かつて自分が子ども時代に感じていたような、冒険に心踊る…という機会はめっきり減ってしまった。それは自分の年齢のせいか、それとも世の中が変化したからか…。
それでもたまに、私の中にある冒険心に揺さぶりをかける何かが、山を登ろうとする人々の姿の中にあるような気がしてならない。
それは必ずしも世界有数の高峰であるとか高難所への挑戦であるとか、順位を競うといった山登りであるとは限らない…。

「山が好きだから登る…いまよりももっと山が好きなるために…」
そんな姿は、極めて純粋無垢で、社会の現実からは遠く逸脱しているようにも見える…。
大金を使ってまで山になんか登って、成功して名を馳せるならともかく、死んでしまったら元も子もない…と言われるかもしれない…。

でもそれはけっして社会から逸脱しているわけではない と私は思う。
純粋無垢ではあるけれど、その挑戦は極めて現実的で、命に対して真正面で向き合おうとする姿そのものだ 。
けっして自分勝手な行動でも無い。

私たち全てにとって共通する命の輝きを感じさせてくれる姿を前にした時、私たちの命はそれに反応する…自分勝手な挑戦どころか、この世の中でそうやって命を輝かせることのできる人は少ない。

生きるとは何かを私に感じさせてくれた河野千鶴子さんに心からの感謝。
謹んでご冥福をお祈りしたい。

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なにかおかしい…、なんとなく納得させられてはいるけれど、どこか騙されているような気がする…というような気配が社会全体を覆っている。
誰もが何も、心からは信じられない…信じてはいけない…という気配は、私たちから生きる力を奪い去る。
身近にあるものを疑い、信用することに臆病になった私たちは、此処に対して目を閉じたまま世界に対して目を向ける…。

友だちがFBでシェアしていた記事を読んで、縺れていた糸がほんの少しほどけたような気がした。
http://www.huffingtonpost.jp/maiko-morishita/ticad-v_b_3373974.html

世界では…と語れるほど世界が単純で小さなものでは無いことは誰もが知っている。
…にも関わらず、世界基準、世界的…という言い回しに翻弄され、何処にも無い世界と自分を比較し続ける、世界的な先進国に暮らす私たち。
ここから遠く離れた、風土も文化も異なる様々な国々との関係を押し並べて 世界 という括りで語ることに なんとも言いようのない違和感を拭えないのは私だけではないはずだ。

世界的に活躍することが成功だとか優秀だとか評価されている限り、私たちの…この国の未来は極めて危うい と私は思う。
自分の足元すら見えないような…自分の立ち位置が定まらないままの世界的な活躍や世界的な成功などあり得ない。

プロサバンナ(ProSAVANA)事業は、アフリカ モザンビークで日本政府並びにJICAが力を入れる大型農業開発ODA事業で、1970年代、日本がブラジルに対して行った農業支援「プロデセール(PRODECER)」をモザンビークで再現しようとする試みだ。
日本政府とJICAはODA事業として日本向けに適した大豆品種の開発や安定した収量確保のための農業支援を行い、こうした大豆を商社などが買い受け、日本の食卓へと届ける…と同時にモザンビークの貧困削減と小規模農家支援にも資するという。

世界的な農業支援と聞けばそれが何処の国で行われていようがなんとなく納得してしまう…私たちは世界に貢献しているのだと…世界とはそれほどに広くて大きい。
モザンビークはいま、日本による世界的な農業支援を受けようとしている。

私たちが信じられるものは何処にあるのだろう。
それは世界の何処かにあるのではない…それは私たちのすぐ足もとに、振り向けばすぐ手の届くところにこそあるのだと私は思う。

(写真:日本国際ボランティアセンターHPより)

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7月に始まる授業の打ち合わせも兼ねて、大町市八坂の田んぼの田植えのお手伝いに出かけた。
一昨年、この山村の古民家に暮らす友人宅でロケットストーブのワークショップを行って以来、度々この八坂の山村を訪ねるようになった。
そこに特別な何かがあるわけではない…友達家族が暮らし、そのまた友達もそこに暮らしているだけの、よくある山の暮らしがあるだけ…。
このあたりではあたりまえの山村ではあるが、不思議とそこを訪れる度に自分が少しだけ整理されるような気がする。

信州の山は急峻で深い。
昔はもっとたくさんの人々が山で暮らしていたとはいえ、いまもなお、これでもかと言わんばかりの山奥に人が暮らしていることに驚くことは多い。
ほんの少し前の時代まで…
日本の食料事情やエネルギー事情が山を必要とし、山で暮らす人々によってそうした需要が叶えられてきたことは事実。
それも山に人が暮らす理由ではあったとは思うけれど、あくまでもそれは社会という立ち位置から見た山の必要性だ。
言い換えればそれは、資源としての山であり、労働力としての山の暮らしという見方にすぎない…。
もちろんそう言った捉え方を間違いだとは言わないが、それにしても、かつてあれほどまでに急峻で深い山を切り開き、そこに暮らそうとした人々の意思が単に社会事情だけであったとは私には到底思えない…。
そこにはきっと、現代に生きる私たちが失ってしまった何か別の意思のようなものがあったような気もするが、その意思を現代に生きる私が想像することは難しい。
けれどそれを想像することこそが、いま私たちにとって極めて重要な意味を持っているのではないだろうかとも思う。

田植えに行った八坂の田んぼ…いまから40~50年前ぐらいまでは、その田んぼがある山の上から谷底まで一面の棚田が続いていたそうだ。
そうした棚田がわずかながら残っているその周りには、猪よけのフェンスが張り巡らされている。
去年八坂で出会った若い友人は、30年間休耕田だった田を起こし今年から稲づくりを始める。
そうすることで少しずつフェンスの位置が変わる。この山の棚田が増えてゆけばやがてフェンスがいらなくなる日が来るのかもしれない。

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