Feeds:
投稿
コメント

Archive for 2013年10月

縁があって、3・11の津波で家族(妻、次女、父)を失い、福島第一原発の事故によって原発がある福島県大熊町から、信州 白馬村へと避難してきた木村紀夫さんに出会った私たち(『たぁくらたぁ』編集部と私)は、木村さん家族(長女と愛犬)が暮らす、元ペンションだった建物を持続可能性ある宿にするためにどうすれば良いかについて話し始めることになった。
…とはいえ、これからここを宿として営業してゆくためには…、木村さん家族がこれからここでずっと暮らしてゆくためには、乗り越えなければならないたくさんの課題がある。

自然災害はいつどこで起こるかは誰にもわからない。
その意味からすれば、3.11の津波によって家族を失ってしまったことに胸が詰まる気持ちを抱くことはあれども、誰にでも起こり得る自然災害の前では、御気の毒様…としか言いようが無いのが現実だ。
しかしまた、3.11は福島第一原発事故が起こってしまった日でもある。
事故が起こるきっかけが地震と津波であったとは言え、間違えてはならないことは、福島第一原発事故は明らかに人が引き起こした事故であるということだ。
しかもこの事故はあの日いらい…現在もなおずっと続いている事故である点からすれば、自然災害とは全く異質の大災害であることを忘れてはならない。
発電事業主体者である東京電力、その事業を最終的に監督・指導する立場である国の責任は避けることのできないものであることはもちろんだが、だがしかし、この事故は原子力発電に頼った社会構造がゆえに起こってしまった事故であることからすれば、現代に生きる私たち全てに少なからずの責任があるのではないかと私は思う。
責任や原因の追求は必要なことではあるものの、そうしたことばかりが優先され、責任の擦りあいがくり返えされたり、放射能の危険性情報だけを飛び交わすのでは無く、この社会…「いま ここ」で起こっている事実に対して私たちみんなが目を背けず、互いが向き合い、これまでそれぞれ、いろいろあったとしても、これからを共にあるきつづけるという事実を如何にしてつくるか…。私たちみんなの責任として、原発が無くても暮らして行けるのだということを、暮らしをつうじて実行してゆくことこそが、3.11で逝った全ての「いのち」に対する私たちの返答であるのではないだろうか。

先週末…11月26日。
信州 白馬村落倉高原(栂池スキー場の下部)にある、木村さんがつくり始めた宿…「深山の雪」で開催された“ロケットストーブ ワークショップ”には、30名を越える人々が集まり、これからを共にあるきはじめることができた。
集まってくれた方々はもちろん、様々なかたちで「深山の雪」を応援して下さっている方々に心からの感謝。

世界人口の約半分…およそ30億人の人々は今も、生きるために必要なエネルギーをバイオマス燃料(木材、家畜の糞、農業残さ…など)に頼っている。
ロケットストーブとは、こうしたバイオマス燃料を燃やすことで発生する煙によって引き起こされる、深刻な健康被害(呼吸器障害や視角障害)を食い止める手立として1986年頃に考案された燃焼構造のこと(ストーブは英語で調理器具)
バイオマス燃料を燃やすことによって出る煙の中には、まだ燃える成分が残っている。この燃える成分を煙として捨てずに、もう一度燃やすことができれば、煙を減らすことができると同時に燃料を減らすこともできる。
このしくみを二次燃焼構造と呼ぶが、その一つがロケットストーブで、NGOが中心となって発展途上国の生活環境の改善策として用いられている。
しかし、この燃焼構造が考案され30年以上経ったいま…世界の状況はロケットストーブでは対応しきれないほどに悪化してしまっている。
赤道域の人口が激増、紛争が頻発し、難民が増え、貧困地域は拡大し、バイオマス燃料(木材は特に)は枯渇する。
もはやロケットストーブだけでは、こうした問題に追いつけない…。
太陽光を利用した様々なソーラークッカーが考案されたり、より効率的に燃料を燃やすための構造が世界中で実験、考案されてはいるけれど、問題の本質はまったく解決されていない。問題は、発展途上国だけの問題ではないはずだ…。

この世の生命は全て繋がりあっている。
だからと言って、この国で生きる私たちが全てバイオマス燃料に切り替える必要性があると言うことではない。
もっとも大きな問題は、そうした人々の暮らしとの関係性を見出すことができない社会構造そのもの。
繋がりあっている構造が見えなければ…、気付かなければ、考える必要性も改める必要性もない…。
そうやって、私たちの暮らしはあたかも何の問題も無く成立しているかに見えるようになってしまっている。

3.11
そして福島第一原発事故があってもなお…
残念ながら、私たちはこの社会構造がつくり出した幻想に気付くことができているとは言えない。想像をはるかに超える傷みを抱えてしまった人々が、声が枯れるまで叫んでみても、その声はかき消されてしまいがちだ。
それほどに大きな、目には見えない何かが私たちを覆ってしまっているのかもしれない…
それはいったい何か。

「深山の雪」
この宿づくりは、もう木村さん家族のためだけにあるのではないと私は思っている。
信州の北の隅…深い山、深い雪 の中で…
いろいろあっても 共にあるきつづけてみたいと思う。

◆お知らせ◆
11月23日(土祝)24日(日)を挟んだ、3日から4日
「深山の雪」の冬支度作業を行う予定です。
皆さまのご参加、ご協力を是非お願いいたします。

日程や作業内容など、詳細は追って告知致します。

1377446_319955501479470_1032845308_n

Read Full Post »

10月26日。信州 白馬村落倉高原(栂池スキー場の下部)にある、「深山の雪」で開催された“ロケットストーブ ワークショップ”は、30名を越える人々にお集まり頂いて無事、開催することができました。

「深山の雪」は、3・11の津波で家族(妻、次女、父)を失い、福島第一原発の事故によって原発がある福島県大熊町から、信州 白馬村へと避難してきた木村紀夫さんと長女、そして愛犬ベルが共に生活を始めた場所の名称です。
この建物が元ペンションだったとは言え、これまで宿経営もしたことが無い木村さん家族が、これからこの雪深い山で、宿をしながら暮らしてゆくためには、たくさんの乗り越えなければならない課題を抱えています。

ご縁によって、木村さんと出会った私たち…「持続可能な宿づくり応援団」(『たぁくらたぁ』編集部と美術家 小池雅久)は、木村さん家族がこれからこの場所で暮らしてゆくための様々を共に考える第一歩として、ロケットストーブワークショップを企画することに致しました。
木が燃えるときに出る煙をもう一度燃やす燃焼構造である、ロケットストーブが登場した背景に目を向けながら、最近注目されつつあるウッドガスストーブ「TLUDストーブ」を各自で作ることをつうじて、持続可能な場づくりの可能性をみんなで話しあい、これからを共にあるきつづけために…。

ご参加頂いた方はもちろん、「深山の雪」の今後を応援して下さっているたくさんの方々に心より感謝いたします。
ワークショップでは、ウッドガスストーブを手づくりしながら、オーナーの 木村さんの3.11以降の歩みについてお伺いしつつ、今後の「深山の雪」の方向性ついて様々な意見を皆さんと交わしあうことができました。
ワークショップの報告はこれとは別に、投稿いたしますが、まずは、今後の「深山の雪」の予定について。

◆今後の予定◆
まずは“冬支度”が急務です!!
これについて、暫定ではありますが、11月後半…11月23日・24日の連休あたりの3日間~4日間ほどに作業を集中させて行いたいと考えております。
作業内容としては、
① 食堂に“簡易式ロケットストーブヒーター(時計型ストーブ改造型 Ver3)”を設置する。
② 玄関前風除室(玄関に外気が直接入り込ませないための前室)をつくる。
③ 足場用単管で駐車場の屋根をつくる(雪除け)
④ 薪集め&薪割り
⑤ その他もろもろ

これら以外にも、作業はあれこれあると思います。
手分けして同時に行った方が作業ははかどります。
それになにより、大勢がいる方が、楽しく作業できるし、食事も美味しくいただけます!
大工仕事未経験でも大丈夫。
お掃除、食事係やお風呂係、薪集め、などなど…あれこれあります。
もちろん、1日だけ、半日だけの参加でも歓迎です。

◆1月後半~2月前半
『深山の深い雪を楽しむワークショップ(仮称)』
屋根の雪おろし、雪かき 講座?
雪洞でキャンプ? などを予定しています。

11月23日・24日については、ほぼ変更は無いと思いますが、詳しい作業日程が決まり次第、あらためて告知致します。

今後とも、「深山の雪」への、皆様のご協力 ご支援を、よろしくお願いいたします。

1378351_449753815144276_1058710940_n

Read Full Post »

「しののいまちの教室」http://shinonoitowncampus.net/
私が授業コーディネイトする授業 3回が終了した。
スタッフをはじめ、授業の講師を引き受けて頂いた方、受講して頂いた方に心からの感謝。
授業は11月、12月に各2回、計4回を残している。
これまでの授業の様子については、事務局スタッフとして活躍して頂いている、学生の皆さんによるレポートがあるので是非こちらを読んでいただき、残りの授業も是非参加してくださればと思う。

コーディネーターである私が描いた授業には、それぞれのねらいがもちろんある。
受講して頂いた方々にとって、私のコーディネイトした授業が何かしらの気付きのきっかけとなって頂けたとしたら、それはもちろん嬉しい。
でもそれは…
「なにかしらの気付き」とは、あくまでも一人ひとりの内側で起こるもの…いつ何時それが起こるかはわからないものである以上、授業の成果を計ることは極めて難しい。

この世で起こること…それはどんな些細なことであれ、いまここで起こる出来事はいまとは異なる未来という時間をつくり出す意味では全て同じ価値を持つ。
赤ちゃんの泣き声も、鳥の囀りも…。
その意味からすれば、面白い…とか、つまらない…とか、意味があるとか、意味が無い…とかは、さほど重要なことでは無いと私は思う。
最も大切なことは、『いま、私はどう思っているのか』
未来とは、「いま ここ」を感じている私によってつくられるものであるはずだ。
少々強引かもしれないけれど、「未来は私によってつくられる」
山とまちの境界線…も、私には何が見えるのか…も、支えあい繋がりあうまちの姿…も、全ては、私の意識があってこそのものであるはずだ…。
未来がこうあって欲しい…というイメージこそが私たちが生きる未来にとって最も大切なものではないか…。
イメージを抱くことの大切さ、重要さ問いかけたいと思った、3回の授業であった。

「しののいまちの教室」という全体の授業構成を踏まえ、授業の内容ついてあれこれ考えた結果、私が担当する授業はそれぞれ1回完結の授業とすることにした。
今年はじめての試みである「しののいまちの教室」が目指すところ…も十分に周知されていはいない状況の中、1回完結の授業…しかもたった2時間という短い時間での授業形態という選択はとても難しい選択であったとは思う。
しののいまちの教室が目指すところ、授業が目指すところ、講師を選択した理由だけ述べたとしてもはたして2時間で足りるかどうか…とはいえ、2時間ではできないと言うことでもない。
1回完結2時間授業であるからこその可能性…目まぐるしく変化するこの時間と情報の渦の中…その時間の流れの中に僅かながらの淀みのような時間をつくるとすれば、許される時間は1回完結 2時間がちょうど良いのかもしれない。
理想を言えば、2時間程度の複数回の連続講座か…。
でもしかし、1回完結2時間の授業がきっかけとなって、そこから先はまちに出て各自、実践する…それこそが、いまの社会の中のつくられる 淀み にはちょうど良い。
しののいまちの教室が「まちの教室」を名のるからには、私たちが暮らすまちを様々な角度から考えるきっかけをつくらねばならないだろう…。まちへと人を誘う程度のものであるのがふさわしいのかもしれない…と思う。

自分は美術家でありたいと願う一人…教師ではない。
一般的に、ワークショップと呼ばれるような手法?を用いて、問いかけたいと思ってはいるけれど、それらはあくまでも、私にとっての表現の一つの表われにすぎないとも言える。
その問いかけに対する答えを示すつもりはない。
答えを求めて問いかけるつもりもない。

『いま ここ を共に感じてみたい』 …と思う。
一人ひとりの感性が繋がりあった時、そこにあらわれる気配を感じてみたい。
そこに私たちが共に描くことができる未来がおぼろげならが見えてくるような気がするから…。

3回の授業で講師を担当して頂いた3名の方々には、(こう言っては失礼かもしれないけれど…)自分の期待をはるか上回った素晴らしい授業を一緒につくって頂いた。
3名とも、素晴らしい才能と行動力を持ちあわせた方々である。
授業をコーディネイトするにあたっては、何よりも、私たちは同じ「いま ここ」を感じながら生きている…ということを感じて欲しいと思った。
講師としてお呼びした方々が放つ気配…その気配が、その場の一体感をつくりあげていることを感じてもらえたはずだ。

ここ最近「場」や「場づくり」という言葉が多く聞かれるようになった。
だからと言ってそうした「場」を定義づけるつもりは無いけれど、
『場』とは、「いま ここ」の気配が満ちた時空間であり、そこでは互いの感性が通じやすく(響きやすく)なるという特性がある…と私は思っている。
そこでは、目には見えない心と心をふれあわすきっかけが欠かせない…。

いま、まちに求められているのは、そうした場が放つ気配のようなものではなかろうか…。
私たちを分かち、分断する境界線は、私たち一人ひとりの心の中で引かれている。
「場」は私たちが知らず知らずの間に引いてしまっている様々な境界線を一本一本消し去ってゆく力を持つ。
観念論、理想論だと言われるのも重々わかってはいるけれど、それでも私はイメージによって…イメージが繋がりあることによってこの世は変化すると信じている。

1378542_446019418851049_1493197201_n

 

Read Full Post »

肩書きを問われるたびに、その返答には躊躇がともなう。
肩書きを名乗らざるを得ない状況に追いこまれてから、しどろもどろになって相手を困らせるのも失礼だし…と、名刺を用意して肩書きを付けてみてはいるももの、「美術家…と言いますと、あれですか?絵を描かれるとか何か…」
…などと問い返えされたりする度に、なるほど肩書きとは、プールに入る前の準備運動のようなものなのかもしれない…と思う。
そうだとしても、はたして自分は、「美術家」と名乗っていて良いものだろうか…
疑問は以前残ったままではあるのだが…。

小学校の頃から社会科が好きだった。
弟とは歳が離れていたせいか、感覚的にはずっと一人っ子として育ってきたような気がしているが、そのせいもあるのだろうか…幼少の自分を思い出してみると、一人でいる記憶が多い。
体はけっして大きくは無かったけれど元気さだけは人一倍で、毎日暗くなるまでずっと友達とそこいらを走り回っていた自分は、おとなしく本を読んだり勉強するタイプではなかったし、本も勉強も基本的には嫌い…。でもなぜか、社会科で使う地図帳だけは大好きで、日本地図や世界地図を追いながら、この川は何処から流れてきているのか…とか、この街からこの街に行くには何処を通ってゆくのかとか…、ここの年間降水量はどのくらいなのか…と、家に帰ってからはいつも地図帳を眺めていた。
本が嫌いだった私だけれど、一冊だけ鮮明に記憶に残っている本がある。
『コンチキ号漂流記』…。当時は著者のことなど気にも止めてはいなかったけれど、ノルウェーの人類学者、海洋生物学者、探検家トール・ヘイエルダールが、筏(いかだ)船のコンティキ号でペルーのカヤオ港から南太平洋のツアモツ島までの4,300マイルの航海を行ったフィクションを、子供むけに書き下ろしたのがその本だった。

それは、小学校の4~5年生ぐらいか…いまにして思えば、自分の社会科好きは、コンチキ号の冒険物語から始まったのかもしれない。
当時、将来何になりたいか?…というおきまりの質問には、冒険家になりたいと言っていた自分…。
言うまでもなく、冒険にはその目的と目的地が必要だ。
あの頃…自分の冒険の目的地は、アマゾン川源流だった。
その理由は、日本から一番遠かったから…だけなのだが。

高校に入学してからは地図帳はまったく見なくなった…。
インターハイや国体にもでるような体育系の部活で疲れ果て、それどころでは無かったのも少なからずの理由ではあるけれど、結局はその部活からは逃げ出し、教科書は全て学校のロッカーの中に置き去りにして…授業をさぼって早退ばかり…勉強は、ほぼしない に等しかったけれど、倫理社会と美術だけは好きだった。
思春期…と言ってしまえばそれまでのことだけれど、言葉には言い表しづらい窮屈さを感じていた当時の自分としては、とにかく、長野から出なきゃ何も始まらない…そのためにはどうすれば良いか…だけをずっと考えていた高校時代。
結局のところ、なんだかわからないまま勉強するよりは美術の方がましだった…ということ。
あれから30年…自分は美術によって今に至る。

正直なところ、自分が躊躇しながらも「美術家」を名のっているのは、
一つは、自分の出発点がそこにあるから。
ここが振れてしまうと、自分が何処に向かって進んでいるのか…右も左も、いまもここもわからなくなってしまう…美術家という立ち位置は自分がこの世を生きる上での平衡感覚を保たせるものに近い。

そしてもう一つ…自分がこの社会に生きる上での役割を美術によって担いたいと思うから。言い換えればこれは、「美術には社会的な役割がある」…ということだ。
美術表現は、ありのままの現実や自然が持つ絶対的な美(自然美)をいかに表現するか…から、人間にとっての現実や感じる世界をいかに表現するか(芸術美)…へと変化してきた。
でもしかし、いくら美術家を名のる者が、現実を感じ表現したからと言っても、その作品が社会と切り離されてしまっていては、美術は社会の必要性にはなり得ない…。

自分が美術家であると知った相手から、「私は美術がわからないのですが…」と言われることは多い。
そうした状況は既に、美術がこの社会に於いて役割を担えていないという明確な証拠であることを美術家は認識できているだろうか。
美術家はこの社会的問題に対して真剣に向き直る必要性があるのではないか…。

美術にはつねに社会に対して問いかける姿勢が必要であるとは思うが、そのいっぽう、社会の側がその問いかけを受け止めるだけの力を育むことができなければ、美術は社会にとって不必要と判断されてしまっても仕方ない。

…とはいえ、現代の美術が抱えたこの難題…美術の社会的役割をどう担うかは極めて難しい問題だ。
所詮、自分一人が焦ってもどうにかなるような問題ではない…。

この難題を考える時、自分がかつて社会科が好きだったことを思い出す。
そして思う…。
「何をつくるのかでは無く、何処にどうやってつくるのか」こそが重要なのではないかと。
いま、社会が求めている美術は、人間にとっての現実や感じる世界をいかに表現するか…という芸術美には違いないが、それはきっと美術作品というよりは、社会そのものがより美的であることではないのか…。
そのためにはきっと、目には見えない社会という存在をありありと感じなければならないし、もっともっと対象に近づかなければ見えてはこない…。
それこそが、現代の美術にとっての役割…いや、自分がそうありたいと願う美術家としての在り方なのかもしれない。

10月19日(土)午後2時~
しののいまちの教室
「支えあうまち 繋がるまち」 授業コーディネイト
http://shinonoitowncampus.net/

10月26日(土)午後1時~
ロケットストーブワークショップ
『いろいろあっても共にあるきつづける』
白馬 「深山の雪」にて

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

Read Full Post »

信州、白馬村落倉高原(栂池スキー場の下部)にある、「深山の雪」で、
持続可能な宿づくり応援団(『たぁくらたぁ』編集部&小池雅久) 主催の
ロケットストーブ ワークショップを開催します。

「深山の雪」は、3・11の津波で家族(妻、次女、父)を失い、福島第一原発の事故によって原発がある福島県大熊町から、信州 白馬村へと避難してきた木村紀夫さんと長女、そして愛犬ベルが共に生活を始めた場所の名称。
この建物が元ペンションだったとは言え、これまで宿経営もしたことが無い木村さん家族が、これからこの雪深い山で、宿をしながら暮らしてゆくためには、たくさんの乗り越えなければならない課題を抱えている。

たぁくらたぁ編集長からは、木村さんのことや福島のことを聞いてはいたものの、前々回号の特集記事で木村さんの言葉をはじめて知った。

木村さんは、冬になれば2Mを越す雪が積もる白馬に暮らしながら、除雪機もブルトーザーも使わずに、ママさんダンプ(プラスチック製の軽い手動雪かき道具)とスコップで除雪しているという…。

「可能な限りエネルギーを使わないということに対しては、意地になっている。
事故を起こした原発が立地していた町の住民としては、何らかの形で責任?を取らなければならない。エネルギーが無くても生きていけますよってところを見せたいところだが、こんな辛いことを好んでやる奴はいない。みんな楽をしたいに違いない。私もそうだから、みんなもそのはずだ。辛いことを続けていくのは、ほんとに辛い。楽してできる省エネを考えて実践しなければ、誰も付いてこないだろう。こういう責任の取り方は、知恵が必要だ。…」

木村さんのこの言葉を聞いた時、私自身も心のずっと奥で 責任? を取らなければならない…と思っていることに気が付いた。
もちろん、木村さんと同じ経験を私がしたわけでは無い。
ならば、その責任?とはいったい何なのか。
そこには、私たちがいま、目を背けてはならないこと…がある。
それはいったい何なのか。
…。
震災による痛み、福島の原発事故の傷みを言葉にすることはとても難しい…。
だからこそ、これからの社会を持続可能にするために私たちに何ができるのかを、木村さんが始める宿「深山の雪」から、共にこの目標に向かって歩きはじめることには極めて大きな意味があるのだと私は思っている。

ワークショップでは、ロケットストーブが登場した背景に目を向けながら、最近注目されつつあるウッドガスストーブ「TLUDストーブ」を各自でつくり、木村さんの宿を持続可能な場にしていくための可能性をみんなで話し合って探ります。

※ワークショップで制作する材料の手配の関係があり、ウッドガスストーブ制作については、予約制のみとさせて頂きます。20名程度となります。

◆◆ロケットストーブ ワークショップ◆◆
「いろいろあっても 共にあるきつづける」

◆日時:10月26日(土)

▽第1部 13時~16時
ストーブづくり、宿の構想づくり(コーディネーター・小池雅久)
▽第2部 16時30分~19時
いっしょにTLUDで夕食づくり、夕食
▽第3部 19時~21時
木村紀夫さんの話と宿のビジョン

◆場所:深山の雪(白馬村北城落倉14718-229 電話090-3644-8722)

◆参加費
第1部 ¥1500 (TLUDストーブの材料費込み)
第2部 ¥1000 (夕食代)
第3部 無料(ここから参加する人は500円)
宿泊  無料(相部屋)
●すべて要予約(定員は20人くらい)

主催 持続可能な宿づくり応援団(『たぁくらたぁ』編集部&小池雅久)

◆予約受付:026-225-9380
(応援団事務局 カフェマゼコゼ)

連絡先 080-5147-0019(野池)
090-8505-1280(小池)

1391970_440407662745558_1714060008_n

Read Full Post »

まだ長野市が帰省先だった頃。
飯綱高原の森の中にある小さなカフェに入った。
その頃はちょうど真冬で、あたり一面雪景色の中にひっそりと佇むその小さなカフェがある風景は、どこか別の国…北の国のようでもあった。

長野市内では雪が積もったとしてもせいぜい30cm程度しか積もらない。
季節の中で冬が一番好きな自分としてはこの積雪量はもの足りない…あたり一面が雪景色で家が雪に埋もれて見えるか見えないかぐらいがイメージ的にはちょうど良い…そこには雪に悩まされる苦労を差し引いてはいるけれど…。
人が暮らすためには雪は大きな脅威となる。除雪の苦労は半端なく、その作業がどんなに辛いかも一応は心得てはいるつもりだが、それでも私は、雪が降り積もった時の静けさは、この世においてなにものにも代えがたい貴重な時間だと思う。
あの時間こそが、全ての生命が本来の輝きとり戻す時間…眠りの時間 なのではないかと私は思う。

そのカフェには小さなカウンターがあって、帰り際、そのカウンター越しに会計を済ませる時、「たぁくらたぁ」という薄い本が置かれていることに気が付いた。
「たぁくらたぁ」とはアホとかおバカさんを意味する信州の方言。

当時私たち家族は、東京の西側の国立市という小さなまちに暮らしていたのだけれど、その国立市周辺には米軍基地や自衛隊基地が多数あったことや、一ツ橋大学をはじめ、大学施設がたくさんあったことも影響してだろう…反戦や平和に関する市民運動をはじめ、様々な市民活動が活発で、そういった地域が育む気風は、20歳から40歳すぎまでを国立市で暮した私に対して少なからずは影響したであろうことは否めない。

たぁくらたぁ という雑誌をはじめて目にしたあの時…
「この手の本がなんで長野から?…」と思っていただけぐらいだったけれど、その後、私たち家族が長野市に移り住むことになり、相も変わらず、たぁくらたぁな私と雑誌 たぁくらたぁ は、意外と早くつながることになった。

編集長から、寄稿してみませんか?…というお話しを頂き、それを断る理由も無かったし、二つ返事で寄稿させていただくことにした。
…と言うよりは…。このところずっと…自分の中にもやもやとしている何かを、表現させてもらえるきっかけを頂けたことに感謝したい。

『たぁくらたぁ』への寄稿は、ロケットストーブ覚書 その1 として書かせて頂いた。
ここ数年の自分の思考にとって重要な存在であるロケットストーブ。
このロケットストーブ=Rocket Stoves の Stovesは英語で調理器具のこと。

ここ数年のあいだ、日本国内でもロケットストーブという名称が随分と知り渡った。
しかし、知られるようになればなるほどに、私を魅了するロケットストーブであることの役割は希薄になってしまってきているような気もする…。
それはなぜか?

10月11日発売
信州発*産直泥つきマガジン『たぁくらたぁ』最新刊(31号)
特集は、「福島に生きること」

この『たぁくらたぁ』には、福島県大熊町から白馬村へと避難し、新しい暮らしを築くために古い宿を改修している木村紀夫さんも寄稿している。
今回、私が「ロケットストーブ覚書 その1」を寄稿するにあたり、編集長から木村さんを紹介して頂いた。
信州の冬は長く寒い…。
その長く寒い信州をあえてこれからの暮らしの場として選んだ木村さん…。

「木村さんの宿づくりをつうじて、これからの未来をみんなで考えるための何かができないだろうか?」という編集長からの相談を受け、ロケットストーブのワークショップを開催することとなった。
これについての詳しくは、別にFB投稿するつもりだけれど、
東日本大震災、そして、福島での原発事故後を生きる私たちができることは何か…を考えるための場づくりを始めるためのお手伝いができることをとても嬉しく思っている。
とはいえ、私の心の中には今もずっともやもやとした何かが立ち込めたまま。
私にとってのこのもやもやは、震災や福島原発事故以前からのものであるとは思うのだけれど…。
それでも、私たちは、いろいろあっても共に歩きはじめなければならない と思う。

※以下、ワークショップの告知です。

◆◆ロケットストーブ ワークショップ◆◆
「いろいろあっても 共にあるきつづける」

ロケットストーブとは、木が燃えるときに出る煙を、もう一度燃やすしくみのこと。
そこにある材料で、そこにいる人たちが協力し合いながらつくります。

3・11の津波で家族を失い、福島第一原発の事故によって福島県大熊町から白馬村に避難してきた木村紀夫さんは、新しい暮らしを築くために白馬で古い宿を改修してオープンします。

これからの社会を持続可能にするために、私たちには何ができるのか。木村さんが始める宿「深山の雪」も、この目標へ向かいます。

ワークショップは、ロケットストーブが登場した背景に目を向けながら、最近注目されつつあるウッドガスストーブ「TLUDストーブ」を各自でつくり、木村さんの宿を持続可能な場にしていくための可能性をみんなで話し合って探ります。

日時:10月26日(土)
第1部 13時~16時
ストーブづくり、宿の構想づくり(コーディネーター・小池雅久)
第2部 16時30分~19時
いっしょにTLUDで夕食づくり、夕食
第3部 19時~21時
木村紀夫さんの話と宿のビジョン

場所:深山の雪(白馬村北城落倉14718-229 電話090-3644-8722)

参加費
第1部 \1500 (TLUDストーブの材料費込み)
第2部 ¥1000 (夕食代)
第3部 無料(ここから参加する人は500円)
宿泊  無料(相部屋)
●すべて要予約(定員は20人くらい)

主催 持続可能な宿づくり応援団(『たぁくらたぁ』編集部&小池雅久)

※予約受付:026-225-9380(応援団事務局 カフェマゼコゼ)

連絡先 080-5147-0019(野池)
090-8505-1280(小池)

1374377_440161552770169_1893900628_n

Read Full Post »

以前から噂されてはいたことだが、地球の現状は、温暖化とは反対に向いている。
エコと温暖化がセットで語られることに、胡散臭さを感じずにいられなかったけれど、世間が温暖化だと言って大騒ぎしていたことなどきっとすぐに忘れ去られてしまうのだろう…。

北極海の氷はここ一年で驚くほどのスピードで広がり、南極の海氷面積は観測史上最大となっている。
こういった現象は、太陽の活動が弱まり太陽光線の力が急激に低下している事から生じるもので、世界規模で寒冷化の影響が生じつつあるそうだ。
『小氷河期』はすでに来年2014年から、初めは大変ゆっくりと、10年後にはその速度が早まり、今世紀半ばに温度低下はピークに達すると予想されているという。

http://www.dailymail.co.uk/news/article-2415191/Global-cooling-Arctic-ice-caps-grows-60-global-warming-predictions.html

こういった情報の真偽を一個人が調べることは容易いことではない。
今後、情報が出まわれば出まわる程に人々の不安は煽られ、社会はいま以上に右往左往することも予想できる。
もちろん、来たるべく状況に対して準備することは大切だけれど、ここで忘れてはならないことは、太陽と地球と私たちは一体であるということ…。
私たちの生命は地球上にあって、その地球は月や太陽との関係性を否定することができない以上、私たち一人ひとりの奥底では既にこの気象現象をしっかりと感じていることを忘れてはならないと思う。

私たちの多くは、この世にフワフワと漂う情報をたぐり寄せ、そこから真偽を探そうと奔走してしまいがちだ。
そうやって私たちは温暖化も受け入れた…
でも、いくらそうやって情報をかき集めても、私たちの内側に沸き起こる不安が拭えないことも知っている。
いま本当に必要なのは、この世のあらゆる生命は繋がっていると感じられること…この世がこの世であることのリアリティーを感じること、そうした場と機会こそがもっとも重要だと私は思う。

そうすることだけが、私たちの心に宿る不安を拭うものであることを私たちはほんとうは知っているはずなのに…。
にも関わらずそれを認めようとはしないのはなぜか。

小氷河期が近づいていることに不安を感じないわけではない・・・。
でもその不安は何処から生じる不安なのかを見失ってはならないと思う。
もちろん、天災は私たちに大きな被害と苦痛をもたらすものだ。
でもだからと言って、私たちは地震や台風や…地球規模の気候変動に対して不安を感じているのではない…そうした変化によって生じる社会の急激な変化…社会の急激な変化に対応できない私たちの心の未熟さが引き起こす社会的不安感…そうした不安に私たちは脅えるだと思う。
争いが生じるのではないか…私はその争いの敗者になりやしないか…そういった不安は連鎖し肥大化する。
・・・。
私たちの多くが、「いまがいまのまま変わらないこと」を期待する以上、この社会が抱えた不安は小さくなることは無い…。
より多くの人が不安を抱えるこの状態を私たちはあたかも安定している社会であると思いこんでしまっているのではないか…。

太陽と地球との関係性に対して私という生命もまた関係していることを知ることができる絶好の機会が近づいていると考えた方が良いと私は思う。

544586_430984340354557_1168882124_n

Read Full Post »

Older Posts »