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Archive for 2014年7月

美学創造舎マゼコゼを運営するリキトライバルS・A・W は、
「生命」「美しさ」についてを共に考え、共につくるためのワークショップを行っています。

第3回 「火の哲学~火造り」
※座学(講義+ディスカッション)
8月1日(金)19時~21時
場所:美学創造舎マゼコゼ(長野市長門町)
料金:¥2,100(テキスト代、飲みもの代 込み)
定員10名(1名以上の申し込みがあれば実施します。)

ワークショップのお申し込みは、
美学創造舎マゼコゼ 026-225-9380
またはメール rikitribal@yahoo.co.jp

「生命」「美しさ」についてを共に考え、共につくるためのワークショップ
第3回「火の哲学~火造り」

私たちが暮らす地球の中心核には重量比にして35%の鉄があると推定されてはいるものの、地球表面部分(地下約16kmまで)に存在する元素は酸素49.5%、シリコン25.8%、アルミニウム7.56%、鉄4.70%…。
人類の歴史の中で、鉄は極めて重要な役割を果たし続けてきてはいるものの、採掘可能資源量を採掘量で除した残存資源量は約70年と推定されています。
この鉄と私たちを結ぶもの…それは火の力。
今回のワークショップでは鉄から火を考えてみようと思います。

1、鉄とは何か
2、鉄を感じる
3、鉄と暮らし
4、鉄を産む…たたら
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普段、あまり気にもかけないものに対して、ふと気が向くのは、そこに何かが重なっているから。
ワールドカップは何処が優勝したかも知らぬ間に終わっていたし、プロ野球にもまったく興味のない自分が、蕎麦屋のテレビで高校野球の地区予選を目にしてから、なんとなく地元高校のその後を気にしていた。

もう随分と昔のこと…高校生時代、新体操部に所属していた。
男子新体操という極めてマイナーなスポーツとは言え、インターハイや国体ともなれば強豪ぞろいで、そこでそれなりの成績を出すためには、毎日の練習はもちろん、週末や長期休みの合宿も頻繁にあった。授業のある日の試合や遠征はすべて公欠扱い。公とは言うまでもなく学校であったものの、男子新体操部が公欠して遠征に出かけていることを殆どの同級生は知らなかったと思う。
新設校だったからか、知名度を上げるとか、スポーツ教育をあれこれ試す目的もあったのだろう…水球、高飛び込み、硬式テニス、新体操など、周辺の高校には無い運動部が多かった。
入学してすぐ「国体に行きたくないか…」という体操部の監督の誘いにのった私は、その言葉どおりインターハイと国体を経験したものの、高校2年になってしばらくして退部した…あれから数十年後のいまとなっては、退部した真意など思い出せないが、あの時、何をするにもやる気になれない…という、思春期に現れがちな感覚が自分にも現れた…ということだけは確かだと思う。
目には見えない…言葉にも言い表せない感覚に覆われたまま、此処から出ること…東京に行くことだけを考えていたあの頃…伸ばした手にたまたま触れたのが美術だっただけ…此処から出れるならなんでも良かったのだと思う。

このところ「働き方」という言葉を耳にすることが多くなった。
働くとは何か、何の為に働くのか、というような…。
働き方を「生き方」に含めることもできなくはないけれど、「生き方」へと向う意識は「生命」の本質へと向う方向…非日常的傾向が強いのに対して、「働き方」は生き方のベクトルとはむしろ逆の、日々の暮らしの方向性に沿った意識の延長線上にあるような気がする。
そう感じてしまうのは、「美意識」という曖昧な意識を、この世における自らの生き方の中心に、強引であろうが位置付けようとし続けている私故かもしれないが…。

考えてみると自分には「働き方」に対する問題意識が薄い。
明確な方向性を見い出そうという気持ちが薄い。
高校生の時にあの感覚を感じてからずっと、感だけを頼りに生きてきたようなものだ。
ここ最近、働き方と同様、耳にすることの多い ワークライフバランスは滅茶苦茶、そもそも仕事とプライベートに境目をつくる気も無い…。
これではいくら求人の募集をしていても、怪しくて、危なくて、誰も近付いてこないのも仕方のないことかもしれないが…。
これも全て、「美意識」という女神に魅了されてしまったからか…。

自分にとっての働きとはつくるため…つくることは生きるため。
何故つくりたいのか…と聞かれて答えられるようなら、きっともう止めている。
できれば、自分がこの世からやがて消えてなくなるまでつくりつづけたい…生き方について考え続けたいと思う。
つくるために必要だと思えれば何でもしてきたし、こらからもきっとそんな働き方は変わらない気もする。
働き方を考えて生きるのでは無く、生きる為に働きたい。

「それでいいんだ。」
最近出会った青年は、この頃この言葉が好きだと言っていた。
それはシンプルでゆっくりで自然だから…と。

なるほど、素敵な言葉だと思った。

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先日、美学創造舎マゼコゼで、「生命」「美しさ」についてを共に考え、共につくるためのワークショップとして、第1回「火の哲学~火の力」を行った。
第2回は、7月22日(火)10時~15時
「火と暮らし~木を燃やす」 

今回のワークショップは私の中にあり続けている疑問からスタートする。
長野に戻り暮らし始めてから私にたくさんの気付きをもたらしてくれたものの一つ…RocketStoves。
私にとってのRocketStovesの重要性とは、その機能性のみならず、目には見えないものを感じることができるものという重要性がある。…しかし、私の内にはその重要性を伝えきれていない…というジレンマが鬱積してしまった。
この状態のままであるのなら、RocketStovesに関するワークショップはやらないほうが良いのではないか…この疑問が今回のワークショップシリーズの発端だ。

ここ数年、またたく間に、ロケットストーブという名称が知れ渡り、全国各地でロケットストーブづくりのワークショップが多数開催されるようになった。
”ワークショップ”がつくり方講座…と、ほぼ同義語となっている現在、ロケットストーブワークショップの大半もまたロケットストーブのつくり方講座であるとも言える。

RocketStovesの作り方を覚えた人が次の人にその作り方を教えることができることは、RocketStovesにとっての大きな必要性であり、ここに異議を唱えるつもりはない。
だがしかし、RocketStovesがなぜ人から人へと伝えられる仕組みとなり得るのか…ここを抜きにRocketStovesは語れない。

RocketStovesの背景にあるもの…それは、私たちが生きるこの社会の「いま」
私たちが生きる『いま・ここ』とは、どんな『いま・ここ』であるのか…RocketStovesが目には見えない『いま・ここ』を感じる為の手立となり得るのか…RocketStovesの先にどんな未来を想像することができるのか…
今回シリーズで開催するワークショップは、単に作り方を伝えるのではなく、まずは私がRocketStovesと関わることによって見えてきたこと、私が感じる『いま・ここ』から話し始めてみようと思う。

RocketStovesが開発された背景には、発展途上国における健康被害、熱帯地域を中心とした急激な人口増加問題、エネルギー問題があるが、こうした問題はすべて、いま世界規模で深刻化する『貧困問題』に集約される。
こうした深刻な問題の解決方法の一つとしてとして1982年頃にアメリカのNGOによって研究開発されたRocketStoves。
その基本構造は実に単純でありながら、高度な熱力学によって導き出された科学的根拠を携えている。

だからと言って、なぜ いま、RocketStovesなのか…
ここを考えるために、ワークショップでは、「生命」「美しさ」とは何か…「火とは何か」をRocketStovesについて考える為のきっかけとして取り上げる。
そしてまず第1回「火の哲学~火の力」では、私が最近書いた文章…「ネアンデルタールの火」をテキストとして、私に想像力とは何か…についての大きな気付きを与えてくれた、フランスの詩人、哲学者であるガストンバシュラールに触れることにした。

赤々と燃える焚き火。
その炎を見つめながら薪が爆ぜる音を聞いていると、かつて狩猟と採取によって暮らしていた人間と現代に生きる私との間には、いったいどれほどの違いがあるのだろうかという想いが沸き起こる。(ネアンデルタールの火「火の力」)

想像力とは何か…私はなぜ想像するのか。

「意思よりも生の飛躍そのものよりも、より以上に心的生産の力そのものである。心的には、われわれはわれわれの夢想によってつくられるのだ」(ガストン・バシュラール『火の精神分析』p.181)

バシュラールは、見なれないものを目にして驚いたり、予期せぬ動きや構造に触発されそこにあるものとは別のモノやコトへと思いが膨らんでゆく…そのような時に働く想像力を「形式的想像力」とし、これに対して、燃えさかる炎を見て、その美しさに魅入られたり、川面のせせらぎや、水の動きに心が奪われる…といった、物質の直接的なイメージによって、わたしたちの想像力がかきたてられ、さらにその奥底へと意識が開かれてゆく時に働く想像力を「物質的想像力」と呼んだ。
ものの多様性や、色や形に美しさを感じたことを発端に、そこからさらなる美しさを探し求めようと外へと向かう「形式的想像力」と比較すると、「物質的想像力」は、はるかに内省的で、物質に内在する原初的なものや永遠的なものを求め、存在に対する深い考察を促してゆくものであると考えた。
さらにバシュラールは、この「物質的想像力」は、古代からこの世の四元素(エレメント)として捉えられてきた、火、空気、水、大地と深く関係しているとして、想像力の領域における「四元素の法則」が確立できると主張する。

RocketStovesというものめずらしさ、多様性や可能性が人を惹きつけること。RocketStovesが人の想像力を掻き立てることは、この社会における貴重な可能性であると思う…。

市場に対し次から次へと生み出される新商品や新製品は、私たちの想像力のうちの「形式的想像力」を掻き立てる…とも言える。
もちろん「形式的想像力」が、私たちにとって欠かすことのできない重要な想像力ではあるものの、たとえば現在の学校教育における図画工作や美術といった学びによって育まれる想像力が「形式的想像力」の育みに傾きすぎていやしないだろうか。
そこには何かが足りない…そう思うのは私だけなのだろうか。
バシュラールの言うところの、「物質的想像力」の育み…
美術やArtはそれを育むことができるのであろうか。
私にはRocketStovesの中に…、そこで燃える火の中に、物質的想像力を育む何かがあるような気がしてならないのだが…。

科学における普遍性に裏打ちされた社会に生きる私たちは、ともすれば、見たことも…感じることもできないことさえも、科学によって検証されている…と信じて疑うことができなくなってしまう。
しかし、科学によってつくられた認識…科学的な自然法則と、私たちが実際に手で触ることのできる自然の法則…との間には深い断絶がありはしないだろうか…。
ここに橋を掛けるにはどうすれば良いのか。

RocketStovesがその橋となり得るのかどうかはわからない…。
しかし私はRocketStovesに内在する原始的なもの、永遠的なものに意識を向けてみようと思う。
そこには確実に、水と空気と大地によって育てられた木が燃えているという事実が、そこに火がある。

全ての存在に対する深い考察が育む、物質的想像力。
自らの内にあるであろう原始的なもの、永遠的なものを感じ、想像しながら生きたいと思う。

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信濃川水系犀川の支流 裾花川が善光寺平にそそぎ出る直前…旭山の硬い岩盤にあたった水の流れは深い淀みをつくる。
この淀みに流れ込む水の流れが竜の動きの様でもあるからか、何処か別の世界へと繋がっているような想像を掻き立てるような此処を、人々はいつからか竜宮淵と呼び、近くの高台に水神社を祀るようになったのだろう。

昭和初期までこのあたりには、水車を動力とする商売を営む水車小屋が幾つかあったそうで、小麦や蕎麦を挽いた粉や、菜種や荏胡麻を絞った油は、主に善光寺門前あたりの商店で売られていたのだという。

山と町の狭間にあるここ…竜宮淵に生まれ育った。
感性の育みと育つ場所の間に重要な関係性があることを疑う余地はないけれど、自分という人格は、この狭間、川の淀みの淵に生まれ育ったことと大きく関係していることはどうやら間違いなさそうだ。

長く暮らした東京から長野に戻り、いまは善光寺にほど近い門前の町で暮らしてはいるものの、私のどこか奥底には、門前町の住人に成りきれない何かがあるような気がしてならない。
それは龍宮淵に棲む大蛇の意志 と言ってしまうのは少々格好つけすぎか。

先日、美学創造舎マゼコゼで、
「生命」「美しさ」についてを共に考え、共につくるためのワークショップとして、第1回「火の哲学~火の力」を行った。
このワークショップはシリーズで行うことにしている。
第2回は、22日(火)10時~15時「火と暮らし~木を燃やす」

『美学創造舎マゼコゼ』の活動を本格的にスタートする為に、いままで物置状態だった部屋を片付けた。
既に先月から、絵かきの小林ののこさん主催の「造形教室つちくれ」が始まっている。
私がここでワークショップを行うのは始めて。
今まで東京に暮らしている頃から、全国あちこちでワークショップを行ってきたものの、自分の地元ではあってもなんとなく長野にはアウェー感を感じていた。
そんな自分もようやく長野に暮らしているのだという実感が湧いてきたのは、一年ほど前からか。
きっかけは、山に暮らす友人たちに巡りあえたことであるような気がする。

東京から長野に戻ろうと決意した時、私の視線の先には山があった。
かつて山に背中を向けて東京を目指した私。
振り向けばすぐそこに山がある。
いま私の長野での活動の大半は町と山の狭間
まち暮らしでもない…山暮らしでもない…。
龍宮淵の底で繋がっている未来を想像できそうな気がしてきた。
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東京都国立市から長野市へと活動の拠点を移して5年。ようやく、ここがどんなところなのか…自分はいまここで何をすべきなのか…が薄っすらと見えてきたような気がしている。
それは、私たちの長野暮らしを支えてくれた人・もの・こと…多々ある中でも、私の意識の奥底に常にあリ続けているもの。
それとの関係性は、自分がここに暮らす為に欠かすことができないと思う。

「火」
ここでの暮らしの中で、「火」が繋いでくれたものはあまりにも多い。

如何に冬を生きるか。
ここに暮らすようになってから、一年とは冬が中心なのではないかと思うようになった。
私が冬好きだから だけではない。
四方を山に囲まれているここ。
山の神々と大きな関係があるのだと思う。

既に大都市と言っても過言では無い長野市街地に暮らすことに慣れてしまうと、冬も単なる一つの季節だと思ってしまいがちだ。
とは言えやはり、ここの冬は長い。

季節の長さとは、気温だとか、天候だとかでは無く、意識の中のあり続ける時間のこと。
10月の半ばあたりを過ぎれば、この街をとり囲む山の上には既に冬がある。
冬はあの向こうの山の上から降りてくるものだと誰もが知っている。
3月も半ばをすぎれば、冬はまたゆっくりと山の上へと戻ってゆく。
街中に暮らす人にとって冬は半年…山に近づけば近づくほど冬は長い…。
北の県境にある六月村は、その昔、6月も過ぎた頃になると次の冬を想ってお年寄りが泣き出すから六月村なのだと聞いたことがある…かつてその村の暮らしとは、冬を生きることそのものだったと言うことなのだろう。

火は、私たちがここで生きる為、冬を生きる為に欠かせないものであった。
それは同時に、山から降りてくる冬を迎え入れる為のものであったのだと私は思う。
ここに暮らす人々にとって、私たちの生命をも脅かす力を持つ冬は、神そのものであったはずだ…。
火とは、山の神々がもたらしてくれるもの…。
人々は山の木々を刈り、その木で火を焚き、冬を招き入れる。
火こそが私たちと山を繋ぐものなのだと思う。

長野は祇園祭り。
街を巡る屋台は山車(だし)と言う。
山車とは山を引く車…
山は神々。

【RIKI-TRIBAL S.A.W Workshop のお知らせ】

■第1回「燃焼哲学~火の力」
人間は火を用いることによって何を得たのか。失ったものがあるとすればそれは何か。火とは何であるのかを考えながら、暮らしに直結した燃焼を皆さんと共に考えます。
※座学(講義+ディスカッション)
7月18日(金)19時~21時
場所:美学創造舎マゼコゼ(長野市長門町)
料金:¥2,100(テキスト代、飲みもの代 込み)
定員10名

※ワークショップのご予約、問い合わせ、お申し込みは、リキトライバル(小池マサヒサ)までお願いします。
RIKI-TRIBAL S.A.W(リキトライバル S.A.W)
026-225-9380
rikitribal@yahoo.co.jp

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美学創造舎マゼコゼ
(RIKI-TRIBAL Sustainable Art Works)
スタッフ募集 と ワークショップのお知らせ

◆スタッフ募集◆
美学創造舎マゼコゼを運営する、リキトライバルS.A.W では、スタッフを募集しています。この募集は基本的には有給でのスタッフ募集ですが、短期間の研修スタッフ、WWOOF的なスタッフについても随時募集しています。
仕事内容についての詳細、働き方など、直接お会いして相談させて頂きたいと思います。

※スタッフ募集についてのお問い合わせ
RIKI-TRIBAL S.A.W(リキトライバル S.A.W)
026-225-9380
rikitribal@yahoo.co.jp

◆RIKI-TRIBAL S.A.W Workshop◆
リキトライバル 小池マサヒサによる、「生命」「美しさ」についてを共に考え、共につくるためのワークショップをシリーズで行います。

※ワークショップの問い合わせ、ご質問、お申し込みは、リキトライバル(小池マサヒサ)までお願いします。
RIKI-TRIBAL S.A.W(リキトライバル S.A.W)
026-225-9380
rikitribal@yahoo.co.jp

自分の悩み、課題、関心ごと…そうしたことが何であるのかを表すことはとても苦しいことだと思う。
かつて表現することが楽しいと思ったこともあったような気もするけれど、今はどうかと聞かれれば、楽しいとは答えない。
木を伐ることも、重い石を持ち上げることも、土を捏ねることも、文章を書くことも、それをせずにはいられない。だからそうする自分。
自分の中の、どこか奥底で沸き起こるそうさせる気持ちとは何であるのかが知りたい。自分を揺り動かすその力とは何であるのかが知りたい。
それを知ろうとすればするほどに、表せば表すほどにとても苦しい。
でも、苦しいけれど嬉しい。
生命も、美しさも、そうすることでしか感じられないものなのかもしれない…と思う。
RIKI-TRIBAL S.A.W  小池マサヒサ

■第1回「燃焼哲学~火の力」
※座学(講義+ディスカッション)
7月18日(金)19時~21時
場所:美学創造舎マゼコゼ(長野市長門町)
料金:¥2,100(テキスト代、飲みもの代 込み)
定員10名

内容:人間は火を用いることによって何を得たのか。失ったものがあるとすればそれは何か。火とは何であるのかを考えながら、暮らしに直結した燃焼を考えます。火と暮らし第2回では、TLUD Stovesを制作します。
RocketStoves、TLUD Stoves、WoodgasStovesなど、Biomass Cooking Stovesを中心としてBioStovesについてご興味ある方、理解を深めたい方は、第1回へのご参加をご検討ください。(料金の割引もあります)

■第2回「火と暮らし~木を燃やす」
※実技 (TLUD Stovesの制作)
7月22日(火)午前10時~午後3時
(制作実技は午前中2時間、午後はTLUDを持って近隣の森へのトレイル)
場所:美学創造舎マゼコゼ~旭山周辺の森
料金:¥4,500(テキスト、材料費、簡単な昼食代 込み)
※第1回WSに参加した方 ¥4,000
定員:5名

内容:Biomass Cooking Stovesの一つとして注目されている、TLUD Stoves(Wood Gasstoves)を自分で制作し使いながら、火と暮らすことについて考えます。
午前中の2時間は制作実技。午後は、制作したTLUDStovesを持って、森へと出かけます。構造はもちろん、燃料による違い、火の付け方なども学びます。

■第3回「燃焼哲学~火造り」
※座学(講義+ディスカッション)
8月1日(金)19時~21時
場所:美学創造舎マゼコゼ(長野市長門町)
料金:¥2,100(テキスト代、飲みもの代 込み)
定員10名

内容:私たちが暮らす地球の中心核には重量比にして35%の鉄があると推定されてはいるものの、地球表面部分(地下約16kmまで)に存在する元素は酸素49.5%、シリコン25.8%、そしてアルミニウム7.56%・鉄4.70%…。人類の歴史の中で、鉄は極めて重要な役割を果たし続けてきたものの、採掘可能資源量を採掘量で除した残存資源量は約70年と推定されています。私たちが鉄を暮らしに取り入れる為に欠かせないもの…それは火の力。鉄と火の関係を紐解きながら、私たちが生きる未来を共に想像したいと思います。

■第4回「火と暮らし~鉄を叩く」
※実技(鍛造)
日時 調整中(参加希望の方の都合にあわせ決定します。)
場所:RIKI-TRIBAL Studio(長野市妻科)
料金:¥5,000(予定)
※第3回WSに参加した方 ¥4,000(予定)
定員:5名

内容:鉄を切る。鉄を熱する。鉄を叩く。鉄を曲げる…など、
火を用いて鉄と関わりを学びます。
簡単な鉄の道具、あるいは、オブジェを制作する予定です。

 
TLUD
 
 

 

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「土の匂い」

長野の何が良いか…という曖昧な質問に答えるとすれば、梅雨の季節の心地よさ と答えるのも良いのかもしれないと思う。

長野で生まれ育っていない妻は、ことあるごとに長野の湿度の低さに関心しつつ、この梅雨の季節になると日本から遠く離れた異国の地に想いを馳せる傾向が強い。
この梅雨の後に訪れる夏を思うと少々憂鬱になる自分は、彼女の話をぼんやりと聞きながら、スコットランド北部 ハイランドの大気を想像する。
今日はこれから松本まで、スコットランドの大気を感じに行ってこようと思う。
https://www.facebook.com/sevenpoemsscotland.in.japan

私たちは誰も皆、大気に満たされている。
大気の構成要素…水分であったり、成分であったり、温度を測ることはできても、大気それ自体がほんとうは何であるのかは誰にもわからない。
唯一確かなことは、私たちはこの大気の中でしか生きられないということ…大気中の水分量、湿度の在り方がほんの少し違うだけで、私たちの意識は大きく揺れ動くということだけなのだ。
それはおそらく、私たち自身がこの地球をかたちづくるものと同じものによってできているから。
梅雨の時期の多湿状態を不快に感じるこはとはあっても、それは大気が地球の状態に呼応して起こる現象…私たち人間が安易に手を出すことはできないのだ。
東京で暮らしていたいた時に感じた、息苦しくなるほどの湿度は、あの広大で肥沃な関東の土と大きく関係している。
高温で多湿…食べ物が腐りやすいのは、土の生成に欠かすことのできない微生物が最も活発に生きられる環境がそこにあるということ。
その環境を阻害せず如何にその環境の中で生きてゆくか…そこにその土地独特の暮らし方が生まれ、食文化をはじめ、衣食住、多様な文化が形成される。

優先すべき環境は何であるのか…。
私たち人間の都合で環境基準をつくってしまっては、必ずや大気循環が阻害される。
いずれ私たちはこの大気中に生きられなくなってしまうのは明らかだ。
日本中、何処に言っても同じ温度と湿度によって管理された住環境では、文化は生まれない…育まれない。
文化とは土のことではないのか。

土はどうやったらつくられるのか…。
『美学創造舎マゼコゼ』の授業がまた一つ増えそうだ。

 

土の臭い

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