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Archive for 2014年8月

※ 岩手県釜石市根浜海岸で9月1日から開催する、コミもりプロジェクト期間中の企画
「地域つなぎ寺子屋 〜アートが人とまちをつなぐ〜」 のために書いた 資料その1

まちとは姿形あるものでは無く多様な関係性が繋がりあってつくられる、あるいは多くの部分が緊密な連関をもちながら連携することによって起こる有機的な現象であるとも言える。
目に見える現象である部分だけに注目してもまちの全体性は見えてこない。
まちを全体性として捉えるためには、部分と部分を連携させているもの、目には見えない関係性こそが重要だ。そのためには、目には見えないものを感じるための想像力の育みが今後益々重要性を増してくるのではないだろうか。

かつて時代が江戸時代から明治時代へと移り変わると同時に、西欧からは様々なモノとそれまでの日本には無かった西洋的思想、概念が怒涛の如く押し寄せてきた。Artという概念が入ってきたのもこの時期で、リベラルアート(liberal arts)の訳語として「芸術」が、ファインアート(fine arts)の訳語として「美術」が用いられた。
現代に至っては、芸術、美術は共にArtの和訳として、Artとは何かと言った場合、芸術であり芸術作品であり、美術であり美術作品であり、技であり技工である…Artらしき曖昧な概念を示しているとも言える。
「芸術」という日本語があてられたリベラル・アーツ(liberal arts)という表現の原義は「人を自由にする学問」であると言う。古代ローマにおいて、「技術」(ラテン語: ars)は、手の技である「機械的技術」(アルテス・メカニケー、artes mechanicae)と、「自由人の諸技術」(アルテス・リベラレス、artes liberales)とに区別されていた。
artes liberales を英語に訳したものがリベラル・アーツであり、liberal artsを日本語に訳す際にあてられた日本語が「芸術」であったということだ。

いま日本ではArtは美術であり芸術として理解されてはいるものの、芸術、あるいは美術とは何であるのかの概念があまりに曖昧であることを考えれば、Artの社会的役割もまた不明確であるのもまた当然で、日本のArtは経済的に自立できているとは言えないのが現状。
とはいえ近年、社会は多様化しArtもまた多様になっている。
「コミニティーアート」や「臨床美術(クリニカルアート)」など、Artの持つ可能性をコミュニティーや医療の現場で用いられるなど、多様化する社会の変化に応じたArtの役割が見え始めてきた。

そうした動きはArtという概念がそもそも曖昧で隙間だらけであるがゆえ…。
Artとは社会という常に変化を繰り返す曖昧な現象との間にある関係性によって現れるものであり、社会の変化に応じてArtの役割もまた変化してきたとも言える。
社会が多様化すればまたArtも多様化するのはすごく当然なこと。画廊や美術館に展示されるようなアートが不必要になったということでは無いにせよ、人々の趣味も関心事も多様化し続けるような現代社会のニーズに答えられるほどの柔軟性をファインアートは残念ながら持ちあわせてはいない。かつてファインアートがArtを専有していた時代、社会はいまほどに多様では無かったということなのだ。

「アートを用いる…」と言う場合、そもそもArtという概念が実に曖昧であることからすれば、社会は何をArtに求めているのかを出発点として、Artは社会の求めに対して応じることができるのかどうかを判断したそのうえで、社会の求めに応じたArtを提供する…という道筋がある。
しかし、そうしたアプローチが今までのArtの立ち振る舞いとは逆であるような気がするのは、芸術的価値のみを専らにする活動や作品を指す概念であるファインアート(fine art, fine arts)こそがArtであると方向付けられてきた歴史が…そうした方向付から私たちの意識が脱することができないからに他ならない。
イラストレーション、デザインや工芸などの応用美術、漫画やアニメ、映画などの大衆芸術と区別されるファインアート=純粋芸術という概念は、18世紀後半のヨーロッパの貴族社会(上流階級)の中で確立したもの。だからそれはハイアートとも呼ばれる。
もともと、建築物や家具、食器、衣服などへの装飾であったArt(技術)が、壁画が板絵やタブローとなって壁から離れ、建築や構造物にあった彫刻が彫像だけが独立し制作されるようになるなど、独自のジャンルとしてのArtが確立され…とりわけ、絵画・彫刻が発展した。 こうした背景にはテンペラや油彩という新しい技術的要素が起こったことや、上流社会における権力や財力の象徴として絵画や彫刻が売り買いされるようになるといった当時の社会的状況がある。こうした社会状況の後押しがあり、装飾性が実用的機能から切り離されて制作され発展し、装飾性が芸術性に半ば強引に格上げされ芸術的価値(ファインアート)という概念がうまれた。

しかしそもそも、日本を含め東洋には実用的機能から切り離された美術品と言えるものがほとんどない。別の言葉で言えば、美術はある目的性があるからこそ成立し、絵画や彫刻を目的性から切り離すということは、その存在理由を失うということ…その意味からすれば日本や東洋のArtは移動不可能なものが殆どだったと言える。
刀剣や茶碗などにしてみても、いまでこそそれは美術品とされてはいるものの、本来は目的性があるからこその道具であり、実用的機能から切り離されたものではない。
Artにとって画廊や美術館が欠かせないという状況は、まさに芸術的価値のみを専らにする活動や作品を指す概念であるファインアートこそがArtであると示しているに他ならず、美術館に飾られるArtは、あちらこちらの画廊や美術館へと移動を繰り返しながら、ハイアートという商品として売り買いされる対象となるということなのだ。
もちろんそれが悪いということではない…。
だがしかし、もはやArtは単にそれに留まらないということだけは確かなこと…。
Artの可能性とは何か。いま日本が必要とするArtの役割とは何であるのか。
それはかつての、Artにかけられてしまった呪縛からArtが解き放たれた時にようやく見えてくるような気がする。

多様な世界を西欧と東洋に分けて考えることはあまりにも暴力的な考え方ではあるが、近代以降押し進められた世界を巡る権力構造は、少なくとも西欧に発した思考から起こったことは事実であり、未だその西欧的思考、概念が世界を支配し続けていると考えることは概ね間違いでは無いと思う。
だからといって、西欧的思考、西欧的概念をひと括りに否定することはできないが、少なくともこの国…否、いま日本と呼ばれているこの土地、風土だからこそ成立したこの世の捉え方、そこに育まれてきた思想があるからこその西欧思想であり、自分の思考が何処に起因しているのかの認識無くして、多様な世界を感じることは不可能だ。
それは、日本人であれば東洋的思考でなければならないとか、西欧的思考を否定するということでは無い。
自らの思考の原点は何処にあるのか…それは自らの哲学と言うべきか…いずれにせよそれ無くして他者への理解は始まらないと私は思う。

Artとは何であるのかの答えは無い…答えが無いからArtがあると言うべきか。
リベラル・アーツ(liberal arts)の原義が「人を自由にする学問」であり、少なくとも現代のArtもそこにつうじているのだとすれば、「自由」と「Art」の間には切り離すことができない関係性がある。
(古代ローマの人に対する認識(奴隷制度)をそのまま受け入れることはできないものの、)
「人を自由にする学問」がArtであり芸術であり美術と関係しているのだとすれば、Artは必ずや「人の自由を阻害するもの」を感じるための手掛かりとなるはすだ…。

アートが人とまちをつなぐ ものになり得るのかどうか正直なところ私にはわからない。
でもしかし、「人とまちがつながるという自由を阻害するものがあるとすればそれはなにか」
少なくともそれを感じるためにArtは使えるはすだと私は思う。

2014年8月30日 美術家 小池雅久

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長野県北安長曇郡白馬村 落倉高原にある「深山の雪」での
[team汐笑]2014夏プロジェクトが終了した。
3.11。私はこの事実と如何に関係するのか…。
「深山の雪」が私に感じさせてくれることはとても大きい。
どちらが助けるとか助けられるとかではない。
既に木村さんは私の友人だ。
過去と未来の狭間にある、いまという一瞬を共に感じる。
ここで感じること…それがきっとこれからの未来を生きる力へと変化してゆくのだと私は思う。

「汐凪のための部屋をつくりたい…子供たちのための部屋を」
以前から木村さんから聞いていたその希望は、「深山の雪」が本格的に前に進むその時がきたら実行できるだろうと感じていた。
雪がとけ、今年の春が来た頃だっただろうか…木村さんから、「実は…深山の雪は宿で無くても良いと思うのだけれど…ここが宿じゃ無いとすれば何なのだろう」…と相談された。
木村さんと知り合った私たち、たぁらたぁ編集部と私は、持続可能な宿づくり応援団と称して、昨年の秋と今年の冬の二回、「深山の雪」にとっての持続可能性とは何かを考え、感じるためのイベントを行ってきた。
ここでの厳しい冬の備えとして、ロケットストーブ燃焼構造を利用した薪ストーブ、「深山の雪のカルシファー」をつくった。猟によって狩られた鹿を自分たちで解体し調理して食べた。
私たちが暖を得るために燃やす薪、私たちの食料となる肉…そのどちらもがこの世に宿った生命であり、私たちはそうした生命によって生きている。
生命の重みを計ることはできなくとも、この世に存在する全ての生命と自分の生命との関係を感じることはできるはず。
なぜ煙を燃やしてまで薪の量を減らすのか…。
なぜ鹿を自分で解体してまで食べるのか…。

それはそこに生命があるから。
私たちはその生命と繋がっているから。
この世に存在するもの、生きとしいけるもの…石も水も空気も、見えるものも見ないものも、すべてみな互いに関係しあいながら生きている。生命の関係性から切り離されたものはなにもない。
この世とは無数の関係の連なりからなる一つの生命。
私たちは、自らの生命を燃やしながら、食べながら生きている。

「深山の雪」は宿じゃない…。
例えば、「落倉の森で刈られた木を、地面に穴を掘って立てる」こと。
たったそれだけの行為の中に、この世の全ての生命が延々と連なり、紡ぎ続けてきた関係性が凝縮されている。

みんなで、「汐笑庵(じゃくしょうあん)」を支える丸太柱を建てる穴を掘った…。
ここに集まる人、それぞれの関係性を紡ぎ、いまここにある生命を感じる。
未来は私たちがつくることができる…そうした道筋が「深山の雪」という場のつくり方、在り方なのかもしれないと思った夏だった。

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「棘」

棘が抜けない。
いつ刺さったのかわからないけれど、
それはもうずっと前から刺さったまま。

アシタカは死の棘を体内に入れて生きていく…。
それが21世紀の人間の運命なのだ…と彼は言う。
  …なるほど、そうなのかもしれない。

棘が抜けない。
けれどそこに痛みは無い。
ただそこに悲しみを感じるだけ。

棘は抜けなくていいような気がする。

8月15日
あの日刺さった棘が悲しい。

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