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Archive for 2015年2月

 

さる2月7日に中川村で開催された、信州自治体学会フォーラム
『人口減少時代の持続可能なまちづくりとは』
「なぜ若者は田舎に向かうのか」 に寄せて書いた文章を公開します。

 

「なぜ若者は田舎に向かうのか」 に想う

 

「なぜ若者は田舎に向かうのか」は、ここ最近の長野市暮らしで気になることの一つでもあるが、若者に限らず、「いまという時代」において人々がいわゆる田 舎に馳せる想いとは何なのか…は、私にとって、そして私が主宰する「美学創造舎マゼコゼ」が行う様々な活動にとっても重要な位置にある。

 

かつて若者は都会へ向かった。その時代にはきっと、「なぜ若者は都会に向かうのか」という討論があっただろう…そして私もそんな若者の一人だったのだ。
若者が都会に向かったことの何かしらが戦後日本の高経済度成長期を支え、都市は拡大の一途を辿り、大都市を中心とした様々な文化が生まれた。そうした先に 『いま』がある。そしてそのいま、若者が都会ではなく田舎に向かうという現象が目立つようになってはいるものの、「若者は都会に向かう」と「若者は田舎に 向かう」 という異なるベクトルであるかに感じる二つの方向性は共に『いま』と深く関係している。
この二つの方向性を繋がりとして捉えなければ、ことの本質はけっして見えてこない。

 

「都会」と「田舎」という相反する二つの言葉のインパクトが大きいがゆえ、風向きは変わり、都会から田舎へと風が吹き始めたのではないか…と期待する人の気持ちも理解できなくはない。
しかし、ことの本質は都会とか田舎とかではなく、若者でもなく、『向かう』の部分にあるのではないかと私は思うのだ。
現に、都会に向かう若者は減ってはいない。日本の総人口は減り始めてはいるものの、東京都の人口はいまだ増え続けている。
http://www.toukei.metro.tokyo.jp/juukiy/jy-index.htm

 

しかしいっぽう、地方に目を向けてみると、正確な調査結果は無いものの、都会から地方へ移住する若者は以前と比較して確実に増えている。
地方…いわゆる田舎では過疎高齢化に伴う人口減少問題が深刻さを増し、田舎から都市へと向かう人が増えるそのいっぽう、都市を離れ田舎へと向かう人々が増えることによって、人の入れ替わりが急速に起こっている。
しかしここで注目すべきは都市であるか田舎であるかではなく、人の意識が大きく二つに分かれ始めていること。

 

そもそも田舎も都会も具体的な場所を示すものではない。田舎とは都会から離れた土地であり、人口や住宅が疎で辺鄙な地域を指しているだけ。都市という概念に対する対比にすぎないのだ。
かつて日本が高度成長期を歩んでいた頃、「田舎」という言葉から連想されるイメージは、人によって多少の違いはあれど、遅れているとか、格好悪い、貧しい…などのイメージが強く、都会はその逆として意識されるものであった。
ところが最近になって、「田舎」のイメージは変化している。
既に多くの若者にとって、田舎はダサいものでも、遅れているものでもなく、生き方・暮らし方、そして考え方についての意識を象徴する言葉となり、都会だけ が進歩的であるという意味は薄れてきた。都会であれ田舎であれ、それぞれが持つイメージが急速に意識されはじめている。
この田舎に対するイメージの変容こそが、都市の若者が田舎に向かい始めている最大の理由だと私は思う。

しかしそうしたイメージの変化があるいっぽう、「田舎」に内在する「貧しさ」のイメージはさほど変わっていない。対する都会には「豊かさ」のイメージが依然として強いということだ。
都会から田舎へと向かう思考性が必ずしも貧しさを望んでいるということではないにしろ、都会の豊かさと比較すれば、「貧しさ」というイメージが未だ根強い 田舎へと向かう思考性を持つ人々は、少なくとも都会からイメージされる豊かさを望んではいない。豊かさを別のイメージとして捉えているはずだ。
それに対しておそらく、田舎から都会へと向かう思考性には、「都会的豊かさ」のイメージが強く関係している。
両者には大きな思考意識の違いがある。もちろん違いは単に違いであり、どちらが正解、どちらが不正解ということではないにしろ、「貧しさ・豊かさ」対するイメージの違いのように、思考意識の違いは、今後さらに増してゆくような気がする。
既に、「都市へ向かう思考」と「田舎へ向かう思考」の違いは地理・地形的な違いや、人口や住宅が疎で辺鄙な地域を指す概念ではなくなり、思考の中心軸に何 を据えるかの違いであり、これからの未来を生きるために必要なもの…のイメージの違いが、「田舎向き」と「都会向き」として現れるのだと私は捉えている。
だとすれば、「なぜ若者は田舎へと向かうのか」という質問に対しても、「田舎へと向かっている」からと言って、その思考意識が必ずしも「田舎向き」であるとは限らない…とも思うのだ。

 

現代社会が抱える様々な歪みは、「貧困」という姿となって現れている。
都会から田舎への気持ちがあろうとも、様々な理由で田舎へ向かえない人は大勢いるだろう。
これからの未来を想像すれば、都会の只中に田舎が必要になるかもしれない…既に都会に田舎はできはじめている。
都会に暮らしてはいても田舎の本質を理解し、都会の中に田舎を創造することは十分可能だと思う。
ようするに、都会であっても田舎はあるし、田舎が都会になってしまうことは十分にあり得るということ。

人は誰しもこの世に生まれた以上、基本的にはその一生が尽きるまでこの世を生き続けなければならない。
田舎であれ都会であれ、人が自らの一生を生きつづけるための場所を求めるのは生命の原則からして極めて当然の本能であり、それを正しいとか間違いとかという論点で語ることはできない。
この世の生命は例外なくすべてみな、なぜ生きるのかを本能的に感じながら生きつづけための場所を探し続けている。
思考意識からすれば、田舎と都会との間に明確な線を引くことは不可能になりつつあるいま…「田舎へ向かう」という意識を揺り動かすものとはいったい何であるのかについて、一人ひとりが真剣に考えねばならない時が来ていると思うのだ。

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山の古民家の屋根の雪は凍りついたまま。
春がくるまで落ちちゃこねえって93歳の爺ちゃんが教えてくれた。
爺ちゃんは二階の屋根の雪下ろし。


水道は凍りついたまま。
凍りついた鍋を薪ストーブにのせて火を付ける。
薪が爆ぜる音。
水が沸騰する音。
信じられないことだらけのこの世の中で。


雪の重さ。
雪の眩しさ。
氷の冷たさ。
薪が爆ぜる音。
水が沸騰する音。
煙の匂い。

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カフェマゼコゼ管理人から、今月いっぱいで、マゼコゼは飲食店ではなくなるというお知らせをさせていただきました。
私と妻からすれば、元に戻るだけのことなのですが、長野に暮らし始めてから、マゼコゼという場所で繋がった皆様からすれば、マゼコゼがなくなる…という印象をお持ちになるのも当然かもしれません。
やはりあの場所では経営が難しいのね…なんて思う方も多いでしょうか。
確かに、経営からすれば、そもそも喫茶という営業形態で利益をあげるには、人通りの多い場所で、もしくは回転率を高めるしかないわけで、そういった意味か らすれば、人通りの少ない、しかも路地裏の喫茶営業で利益をあげるなんてことはまったく無謀であることは、変わり者を自覚する私たちであっても理解はして いたつもりです。
ようするに、私たちにとってカフェは目的ではなく手段であったということ。もちろん喫茶やカフェをその程度のものだと言うつもりはまったくありません。子供の頃、長野にたくさんあったカフェや喫茶店のようなお店がもっともっと増えてほしいと思います。

 

…で、思うわけです。私が思うそうしたカフェや喫茶店とは何であるのか と。
カフェとは何であるのか…については、長野に暮らすようになる以前からずっと考えてきたことです。
そもそもは、東京の西の郊外都市、国立市という街に長く暮らしながら、PlanterCottageという場所を運営してきたことに始まる場づくりが、東京から長野市へと暮らしの場を移したことをきっかけに「カフェ」になっただけ。
私たちにとって、カフェマゼコゼはPlanterCottageとなんら変わらない場づくり。そう考えると、そんな場づくりを気がつけばもう15年以上も続けてきたことになります。

 

「カフェとは飲食店という意味ではない」
これについて、PlanterCottageを運営している頃から、色々な人たちとずっと話したり考えたりしてきました。
ある時期は、吉祥寺のマンションの一室をコミュニティーカフェとして運営するメンバーになってみたり、ものづくりの人たちが集まる場を企画運営したり…と。カフェにとっての重要性とは何であるのかということを実践と体験からたくさん感じ考えてきたつもりです。
長野市に暮らすということを決めた時、それまで東京で実践したきた形態をそのまま始める気にはなれませんでした。
ここで生まれ育ったとは言え、25年以上の長い間、この街の変化を知らなかった私としては、そして、この街のことは何も知らない妻にしてみても、この街でいきなりPlanterCottageは始められない…。
まずは、自分たちがここがどんな場所であるのかを知らねばならないし、自分がここで何ができるのか、どう関わってゆけるのか、そしてここに来るまで何をしてきたのかについて知ってもらうためには、喫茶店という形態を用いるが最も良いのではないかと思って始めたこと。
PlanterCottageが東京での百葉箱であったように、まずは、ここ長野を知るための百葉箱をつくる。それが、カフェマゼコゼだったと言えます。

 

長野に暮らし始めて6年。マゼコゼを始めて5年半。
この間にカフェマゼコゼによってたくさんの「いま・ここ」を知ることができました。
昨年秋からは、それまで自分の中に留めていた、「美学創造舎マゼコゼ」の具体的な一歩として、マゼコゼ内の一部屋を片付け、小林野々子さんによる「造形教室つちくれ」も始まっています。

 

皆様のおかげで、ここ長野という場所がどんなところであるのかをたくさん感じながら、たくさんの素晴らしい仲間とも巡り会えている。
マゼコゼを訪れる人は確実に増えている。
そうした現状をあれこれ考えてみると、いつのまにか私たち自身が、カフェ=飲食店という認識に縛れていやしないか…それによって本来すべきことが疎かになりがちだということに気付き、考えた結果、飲食店としての機能は無くすと判断することに至りました。
これからは、「美学創造舎マゼコゼ」として、私たちが考えるカフェを実践したいと思っています。

 

来月よりマゼコゼは飲食店ではなくなりますが、今までと同じく、人が集い語り合える場であることに変わりありません。
ようやく、図書館&ギャラリーPlanterCottageとカフェマゼコゼが繋がれる時がきたのだと思っています。
すこしづつではありますが、書籍、古本の販売なども増やしてゆきたいと思っています。
今後ともどうぞ、マゼコゼをよろしくお願い致します。

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フランス・パリで起こった、週刊誌「シャルリー・エブド」襲撃事件。オランド仏大統領はこの事件を「テロ」と断定。仏議会は13日、フランスがイラクで実施しているイスラム過激派組織「イスラム国」に対する空爆作戦攻撃継続承認を議決し、仏海軍の主力空母「シャルル・ドゴール」を参加させる意向が表明された。

 

 

「火の灯り」

 

湿った薪が放り込まれる。
薪は燻り煙が充満する。
表現の自由の名の下、反テロリズムが叫ばれる。
預言者の名の下に、我々は死ぬ用意ができていると叫ばれる。
息苦しさが増し、目から涙が溢れ出る。

 

私が欲しいのは冷えた体を暖めるだけの火。
水を沸かすだけの火。
乾いた薪。
薪が燃える音。
湯が沸く音。
雪が降り積もる音。

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「つちくれ」

マゼコゼの隣りの部屋、土蔵づくりの建物の1階南側の部屋にRocket mass heaterを製作・設置した。
善光寺門前の古い荒物問屋の倉庫だったこの土蔵。町のお年寄りによると戦前には既にここにあったということだから、少なくとも築80年は経つのだろう。
南側に小さな窓があるこの部屋は当初、アトリエとして、主に鉄の仕事をカフェを訪れてくれた人にも見てもらおうと思ったものの、鉄を鍛くと大きな音も出るし匂いも出る、埃も舞う…いつの間にか元のとおりの倉庫となってしまっていた。
Cafeマゼコゼには、行き場のない私と妻が所有する本、友人から頂いた本をはじめ、私たちが気になったもの…友達のつくった作品やあちこちで買い求めたもの、お土産、散歩しなら拾った枝や葉っぱ、空き瓶、空き缶、錆びた鉄屑、蜂の巣、海や川で拾った漂流物…などなど、他人からすれば意味不明のものたちがゴチャマゼに並んでいて、そこにさらに山に暮らす人だとか街に暮らす人だとか、犬だとかがやってくる。
来るものは拒まず去るものは追わずとは言え、一度置かれたモノたちがそこを動くことが殆どないマゼコゼは、日毎混沌さが増しつづけている。
少し前まで「…カフェってもう少しスッキリしてるものなんじゃないの?」と言っていた娘も、最近はもう何も言わなくなったけれど、どこに何があるのかを把握するのはそろそろ限界が近い。
カフェマゼコゼをはじめて5年。穴から這い出せそうな、ようやく動き出せそうな気配がしてきた。
今年嬉しかったこと。
それは「造形教室 つちくれ」がはじまったこと。
だからこの部屋の名前も「つちくれ」

 

すぐそこの山で役割を終えた木が、土になり水になり。
燃える。
燃える火を感じながらつちくれたちが思い思いに想像する。
私たちに必要なことはすぐそこにある。
想像する。私たちがどこからここへやってきたのかを。
それは難しいことじゃない。
でもそれにはほんの少しのきっかけと勇気が必要。
振り向くために必要なほんの少しのきっかけと勇気が。
想像するってそんなこと。

 
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文:小池雅久 絵:茉莉花

 

私たちは日常、自分たちが立っているその足の下のことを気にすることはない。
足元のその下には、植物や農作物を育てることのできる土があることを知ってはいても、その土がどうしてそこにあるのか、土とはなんであるのかについてあまり考えることはない。
街の地面はコンクリートとアスファルトで被われ、泥んこ遊びは既に子供の遊びから遠退いてしまった。
私たちは地球の表面、土の上に生きているにも関わらず、土を見ないように、考えないように、家の中に入れないようにしている。
でもいったい、土が私たちにどれほどの迷惑をかけたと言うのだろう。
この世にあって、これ以上に重要なものが他にあるのだろうか。
すべては土から産まれ、土へと還るというのに…。

 

「 1 」

イギリスの自然科学者、地質学者であり生物学者のチャールズ・ダーウィンは、1882年に死去する一年前、それまで四十年間にわたって観察と研究を続けたミミズと土の関係について、『ミミズと土』として刊行している。
進化論と言えば誰しもがダーウィンの名前を挙げるほどに、初期の進化論を牽引した偉大な科学者がその晩年を費やした研究は、意外にもミミズと土の関係についてだったのだ。
ミミズがいかにして泥と朽ち葉を土壌に変化させるかを主題とするこの本は、私たちが立っているこの大地がミミズの体を通じていかに循環しているかを考察しつつ、私たちと土との繋がりがどれほど大切であるかを気付かせてくれる。
しかしダーウィンがミミズを観察していた時代はまだ、土壌とは単に植物への養分供給源であるといった一面的な考え方が主流で、いくら著名なダーウィンの研究とは言え、同時代の人々からすれば、一生をかけてまで、なんとつまらない研究をしたものだと思われたかもしれない。
ダーウィンは、ミミズと土との関係を観察し続けることをつうじて、表土とは、土壌侵食と下層の岩の風化とのバランスによって維持される恒久的な様相、土は絶え間なく入れ替わってはいるものの常に同じ状態であるものと考えていた。
その考えはまさしく、土壌を地球にとっての皮膚として捉えている現代の視点へと通じるもの。ミミズをはじめとした多種多様な生物による循環が、地球の皮膚でもある薄い表土を肥沃な土へと…といったように、「生きた土」の状態に保ち続けるために機能している。
私たちはそうした生物の働きによってできた土の上に立ち、その土から育ったものを食べて生きている。そしてまた、私たちもそうした生物と同じく、土と共に生きているのだということをダーウィンの研究は私たちに気付かせてくれるのだ。

 

土の中に生息している生物は、細菌のような原核生物からアメーバのような原生生物、キノコや糸状菌などの真菌類、さらには様々な植物、動物にまで、あらゆる生物界にわたる。
多くの植物にとって土はその生育の土台であり、土なくして地球上の多様な植物相は生まれない。しかし逆に見れば、植物によって有機物(枯れた葉や枯れた 枝など)が提供されなければ、土の中の生物もまた生きられない。植物の成長にとって必要な土の肥沃度は、土の中に生きる生物の活動と深く関係していること からすれば、植物と土、そこに生きる生物は互いに影響を及ぼし合う共生体であると言える。

 

豊かで新鮮な土を掘れば、そこに生命を感じることができる。
土に産まれるもの、土に生きるもの、土に還るもの。
目を凝らせば、生物の生と死が、一つの死骸が新しい生命へと再生する生物学的饗宴が見えてくる。
土は呼吸している。土は生きている。
土の香り、それこそが生命の匂いなのではないかと思うのだ。

 

「 2 」

植物は私の知らない多くのことを想像させる。
できることであればこの一生を美術家として生きたい…、そう思わせたのも植物だったけれど、私は植物についての多くを知らない。
植物の名前を覚えるより、植物が「この世をどう感じているのか」が知りたいと思う。

 

住宅街の中にある古い木造平屋の小さな建物を大家に無理を言って借り、「プランターコテッジ」と名付けた場づくりを始めたのもそれが理由だった。天井も窓も風呂場も取り払い、壁面はすべて土の壁にした。
私はこの部屋で植物の根を感じ、土の中の生き物になりたいと思ったのだ。
小さな庭の隅にはジャスミンの苗を植え、朝顔とヘチマと瓢箪の種を撒いた。
それは以前どこかで、植物は混生させることによって成長が早まると聞いていたからだったのだが、予想以上に成長した植物たちは、夏になる頃には見事に屋根全体を覆い尽くし、部屋の中の土が放つ香りはよりいっそう増したように感じた。

 

植物は、地球の表面と大気の底面との接触面を生きている。
その領域を私たちの身体を尺度として捉えれば、「足元からおおよそ手で触れることのできる領域」「手は届かないけれど見ることのできる領域」そして「触 れることも見ることもできない領域」、これら3つの領域を生きる植物は、少なくとも私たちに人間よりも地球についてはるかに知り尽くしているのは間違いな い。

 

明治18年(1885年)長野県更級郡(現在の長野市信更町)に生まれ、小学校、旧制中学校の教師であり地理学者であった三澤勝衛は、大自然である 大地の表面と大気の底面との接触面における一大化合体を地理学上の地球の表面として捉えていた。それは言い換えれば、土壌・植物・動物・人間が互いに大 地・大気と関係しあいながら一体となって表出するもの。そうした地球の表面を三澤勝衛は『風土』であるとした。
三澤によれば、寒い土地であったり、雪が多い土地であったり、水が冷たかったり、風が強かったり、湿度が低かったり…、そうした人間にとって一見望まし くない自然に対しても、それを憎んだり、征服したりしようとするのではなく、風土に従って、その力を活用することでプラスの力が生まれる。
そのためには、風土を知るための「風土計」である、植物・動物・土壌・人類の生活を深く細部に至るまで見ることが必要であると同時に、風土を空間的・時間的視点を持って捉える必要があると言う。
植物は、そうした風土計として極めて優れた性質を持っているが、それは植物が土の中に刻まれた風土の特徴や記憶と直接触れ合いながら成長し、風土を表出する生き物であるからだ。
私たちはそうした風土が育てた植物と共に生き続けてきたのだ。
日本の伝統的な建物は、その殆どが木と土によってつくられている。
それは単に材料がふんだんにあったからというだけでは無く、私たちの祖先が、自然に逆らわず、風土に従って生きた結果が建物にあらわれていると見るべきであろう。
植物と土は、互いに影響を及ぼし合う共生体であることからすれば、木と土によってつくる建物は、おのずと風土の特徴と記憶を表すことになる。
木に触れること、土に触れることによって、私たちは風土をより深く知ることができる。
風土を知ること…。
それは、私たちが立っているこの大地を、いまこの瞬間も黙々と耕しつづけ、土をつくり続けているミミズのことを想うことなのかもしれない。

 

小池雅久 美術家

 

 
「広い芝の生えた平地を見るとき、その美しさは平坦さからきているのだが、その平坦さは主として、すべてのでこぼこがミミズによって、ゆっくりと水平にさ せられたのだということを想い起こさなければならない。このような広い面積の表面にある表土の全部が、ミミズのからだを数年ごとに通過し、またこれからも いずれ通過するというのは、考えてみれば驚くべきことである。鋤は人類が発明したもののなかで、もっとも古く、もっとも価値のあるものの一つである。しか し実をいえば、人類が出現するはるか以前から、土地はミミズによってきちんと耕され、現在でも耕されつづけているのだ」
(チャールズ・ダーウィン『ミミズと土』平凡社、渡辺弘之訳、pp.284-285

 

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白馬「深山の雪」のパティシエがアップルパイつくりたいのにバターが無い…と言っているそうだ。
これは大変!! 日曜日に行われる、木村×上野対談の後、みんなでアップルパイが食べれるかもしれないのに、えらいこっちゃ!!!
バター無しのアップルパイもあるそうですけど…と、パティシエのお父様に言ってみたものの、あれ?あれれ?牛乳はこんなにあるのになぜバターだけが??…という疑問は残ってしまった。はたして日曜日にアップルパイは食べれるのだろうか…。

 

…で、なるほど…
バター不足の背景にはやはり…。
バターの輸入は農水省所管の「農畜産業振興機構」が独占して行っているそうだ。
http://www.alic.go.jp/about-alic/organization.html

 

日本は国産バターを保護するという理由によって輸入バターには特殊な関税割当制度が適用されている。
民間業者がバターを輸入しようとすると、一時税率(関税35%)に加えて、二次税率(1キログラム当たり関税29.8%+179円)の高率の税金が掛か る。そのうえ更に、輸入業者はバター輸入を独占している農畜産業振興機構に1キロ806円のマークアップと呼ばれるマージンを収める必要があり、国際価格 500円のバターを1キログラム輸入した場合の価格は1,634円に跳ね上がる。
通常の食品であれば、国産が足りなければ民間の事業者が輸入すればそれで済むはずなのにバターについてはそう簡単にはいかない理由がここにある。
バターが不足すればどんなバターも売れるとは言え、民間事業者はこの関税割当制度によって国内産との差額を抑えなければならず、少しでも安い輸入バターを求めるのも当然で、そういった状況が食品の安全性にも少なからず影響するであろうことも想像される。
独占輸入とマークアップによる農畜産業振興機構の収入は毎年11億円にのぼり、この一部が同機構の役員報酬の原資となっているとも言われてはいるものの定かなことはわからない。
いずれにせよ、私が日曜日、アップルパイを食べれるか食べれないかという危機、そして来月、全国の子供たちにクリスマスケーキが行き渡るかどうかという不安は、農畜産業振興機構による輸入数量のコントロールによって引き起こされている可能性は大きいということなのだ。

 

小麦も同じ。
小麦や米といった穀物は、主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律(食糧法)によって実質的には国家による価格統制が曳かれている。この法によって農水省は安い輸入小麦を無関税で全量買い取り、国内の小麦農家のために支払われる補助金原資となるマークアップ(マージン)を1トンにつき2万円ほど上乗せし、国際相場の約2倍で製粉会社に販売している。
日本の小麦の需要量(年間約550万トン)の9割は外国産に対して国産小麦の生産量は74万トン、生産額は260億円。結果、消費者は高いパンや麺など、小麦製品を買わされることになり、ここに生じる差額が農水省の差配を通じて国内の生産者への約1300億円にものぼる補助金となってゆく。

 

補助金が給料の5倍貰えるような申し出を断り、みんなが少しでも安いパンや麺や小麦製品が買えるよう汗水流し生産量を増やし、少しでも補助金額を減らそうとする人がどれだけでいるだろうか。
(たとえそれをしたとしても、小麦製品の価格は下がらないのだが…)
私は元来怠け者体質なのでそんな努力はしないと思うけれど、私のような怠け者でなくとも、働いた分の5倍もの補助金が貰えるのなら貰い続けるための働き方を考えてしまうとしても不思議ではない。
しかし補助金は泡銭…。
いくらいい加減な私でも、本来の給料の5倍もの補助金をもらい続けてしまったら、泡がはじけ飛んだその時、1/5の給料で暮らしてゆけるとは思えない…。

 

そもそも補助金とは何なのか…。
私の仕事をこと細かに説明するには、10,000字ほど必要になるので割愛するが、補助金事業や助成金事業に絡む仕事が多くある。
補助金申請が採択されたら仕事になり、採択されなければ仕事にはならないこともよくあることで、先の予定は立ちずらいけれど、近々の経済活動は期待できないものの、未来をあれこれイメージしつつ持続可能な道筋が見える補助金制度の活用であるのならば、それは現代社会のあり方の一つだと思っている。
しかし本来的には、補助金が無ければ事業は成立しないという状況は避けるべきであり、補助金に期待せず…何があろうと自力でやり遂げる強い心持ちとそのための方法を常に考え続けた先に補助金制度の活用策は置かれるべきだとも思う。

 

バター不足の背景にあるのは、生産者と消費者との間に存在する保護と振興いう名の複雑で巧妙な構造。
アップルパイが食べたいのならその前に、保護と振興が私達に何をもたらし何を奪うのかについて考えなければならないということなのかもしれない。

 
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