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Archive for the ‘場づくり’ Category

 
気が付けば随分と長く、ものづくりをしてきたものだ。
転がる石のごとく…とは言え、自分でつくること、つくり続けることだけはけっしてやめない、つくり続けるというわがままに、家族や友人を随分と巻き込んできた。
このくらいの歳になると、誕生日は嬉しいものではなく感謝する日なのだと少しは思えるようになってきた。
自分のものづくり人生を支えてきてくれた家族、そして友人には心から感謝を。
 
…にしても、つくることによって見えてきたモノやコトはあまりにも多い。自分のまわりは、つくっていなければ出会えなかったであろう人だらけだ。
3月。長く暮らした東京を離れ長野市に暮らしはじめてちょうど7年になる。
何か、時代が大きく動き始めている、変化しはじめていると感じるようになったのは、やはりあの日があったからか…長野市に暮らし始めて2年後のあの日。あれから5年。
とは言え、自分がしていることはそれ以前とさほど変わってはいない。
所詮自分は、つくることでしか考えられない、美術から離れられない美術馬鹿なのだとさらに強く自覚する今日このごろ。
 
長野に暮らし始めた当初。自分が生まれ育ったところとは言え、ここがどういうところなのか、ここの人たちがどういう人たちなのかが掴みきれず、暮らしてはいるものの、なんとなく自分は旅行者のような気がしていた。
最初はそんな旅行気分も悪くはないと思っていたものの、足が地についていないような、どこか体が宙に浮いたような状態は自分の精神に対してはあまり好ましい状況ではないな…と感じていた矢先の震災だった。
東京時代から、岩手に行くことが多かった自分は、震災後も岩手を中心に、東北に行くことが多かったのだが、目に見えて変化する被災地の姿とそう簡単には変化しない様々を感じることによって、自分がいま暮らしている長野がどういうところなのかも同時に、少しづつではあるけれど見えてきたような気がする。
 
そして、いま自分がここ…長野に暮らしながら思うことは、長野が急速に都会化している…ということ。
それが悪いとか良いとかではなく、自分が思う都会化とは言葉にするとすれば、二極分裂を繰り返しているということ。
以前は、東京が都会で長野は田舎だったものが、長野の中が都市と田舎になり、さらに都市も田舎も分裂を繰り返しながら次第に細分化され続けてゆくような…。
こうした流れや傾向は、全国各地の中心市街地が空洞化し始めた、30年以上前、日本の高度経済成長期から始まっているとは言え、東日本大震災を機に急速に加速したと思うのは自分ではないはずだ。
 
世の中が変化してゆくのは必然。そして、どんなものも永遠には続かない…。
例えば、いわゆる山村が過疎化、高齢化している状況もある意味では必然、私たちが求めた便利さが結果としてこうした状況を招いたとも言える。
問題の本質は、山村の人口減少問題をどうするのかでは無く、とめどもなく便利さを追い求め続ける現代日本人の暮らしのあり方なのだ。
かつての山村に人がたくさん暮らしていたのは、人々が求める便利さを山村が満たすことができていたから。
いま、そして今後、山村は人々が求める便利さを満たすことができるのだろうか。満たそうとするのだろうか…。
いま私たちが最も考えなければならないことは、私たちが求める続ける便利さとはいったい何かということ。そして、その便利さを得る変わりに私たちが失ってきたものは何であるのか…ということではないのだろうか。
そこを蔑ろにしたまま、例えばそれが山村の人口減少問題だとして、対策は何も講じられないと自分は思うのだが…。
 
美術馬鹿の自分は、何かをつくることでしか考えることができないが、でも、そのおかげで、材料を自分の手でさわり、自分の手が何ができて何ができないのかを知ることができている。道具は便利だけれど、道具を使い過ぎると美しさは途端失われてしまう…。
手でものをつくることによって、便利さとは一体何なのか、便利さによって失うものは何であるのかを感覚として感じることができている、そんな気がする。
 
この世にあれど、目には見えないものを感じることができなければ、人の便利さに対する欲望はいずれこの世のすべてを破壊しつくしてしまう。
それを少しでも食い止めるために美術馬鹿の自分にできることがあるとすれば、いままでさんざん、様々な素材に触れてきた経験を、それを必要とする人に伝えつつ、自分でつくるために必要な場と機会をつくることぐらいではないかと思うのだ。
 
そこで、RIKI-TRIBAL S.A.Wの秘密基地のような工房や倉庫。そして、いままでものづくりをつうじて身についたわずかながらの技術や情報を、開放すべく準備をはじめました。
とは言え、どのように開放し、展開してゆくのが良いのか、スーパースローリーな自分一人だけではなかなか開放計画は前には進みません。
この計画にご興味ある方のご協力を是非お願いします。
ものづくりが好きな人たちが増え、たくさんの気付きのきっかけになればと思います。

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Rocket Stoves for Laprak Project
ネパール 天空の村・ラプラックにロケットストーブを届けるプロジェクト

救援活動カンパのお願い

2015年9月1日
Mountain tribes without borders〜国境なき山岳民族

◆◆◆Rocket Stoves for Laprak Project◆◆◆
ネパール・ラプラックロケットストーブ プロジェクト

救援活動カンパのお願い 

国境や境界線という意識を乗り越え、繋がりあい、惑星の未来を想像しようとする者たちを、Mountain tribes without borders 〜国境なき山岳民族と呼ぶことにしました。

今年4月に発生した、ネパール地震によって地盤が緩み、全村移転を決断したネパールの山村、ラプラックの人々を支援するために、Mountain tribes without borders 〜国境なき山岳民族 は、ラプラックにロケットストーブを届けるプロジェクトを始めました。

ロケットストーブ(RocketStoves)は、いまから30年ほど前、環境教育NGOによって、主に開発途上国や難民キャンプなど、料理の際に発生する煙による健康被害を減らすことを主目的として開発された燃焼構造です。
電気もガスも無いラプラックの人々にとって、薪は命を支える重要なエネルギーですが、日々必要な薪を確保することは危険が伴う重労働であると同時に、木が 切られることによって露出した山肌は土砂崩れが発生しやすくなるなど、これから長い時間がかかるであろう村の再建は、如何に持続的にエネルギーを確保する かが重要なテーマになることが予想されます。

ロケットストーブ式の燃焼方式を持った製品が既に商品化されてもいるのですが、単に製品を購入し配布するだけでは、複合的に絡みあった問題の解決にはならない気がします。
私たちはロケットストーブをラプラックと一緒につくりながら、これからのラプラックについて考えてみたい。ラプラックの人々と同じ山に暮らす私たちは国境や境界線という意識を乗り越え、この惑星の未来を想像したいと思います。

以下、Mountain tribes without borders 〜国境なき山岳民族からの、プロジェクトについてのお知らせとお願いです。

◆◆◆Rocket Stoves for Laprak Project◆◆◆
ネパール 天空の村・ラプラックにロケットストーブを届けるプロジェクト

救援活動カンパのお願い

2015年9月1日
Mountain tribes without borders〜国境なき山岳民族

今年、2015年4月25日、ネパールで発生した大きな地震を覚えているでしょうか。
日々、膨大な量の情報が飛び交ういまの日本では、ネパールで起こった大地震を忘れてはいないにしても、ネパールのその後の状況を気にかける人の数はとても少数であることは否めません。
でも考えてみるとそれは、あれからたった4年しか経っていない、いまもまだ続いている、東日本大震災のその後と同じ。未だ悲しみと不安が私たちの心に重く のしかかっているにも関わらず、既に過ぎ去った出来事として、悲しみ続けることも、立ち止まることも許されないような気配が満ちてきているような気がして なりません。

ネパールの地震が起きてすぐ、現地に駆けつけた災害救援NGOの友人から、地震によって村の地盤が緩み、移転を余儀なくされているラプラックでは、薪の確 保が日々の暮らしに欠かせないものの、危険が伴う重労働でもあることから、その手間を少しでも減らすことが村の再建にとっての重要な課題であり、そのため にロケットストーブが役立てられないだろうか、と相談がありました。

日頃、持続可能な暮らしをテーマに活動している私たちの経験と知識が少しでもネパールの人々に役立つのであればそれはもちろん嬉しい、でもそれは、被災し たネパールの人々のためだけでなく、あの日負った傷が癒えないまま、いまを、そしてこれからを懸命に生きようとしている人々が私たちのすぐそばにいること に気付く手立てにもなるはずです。私たちがラプラックで何ができるのか定かではありませんが、まずは一度、ロケットストーブを届けつつ、自分の目で見て感 じてくることが持続可能な未来へと繋がるのではと考えます。

Rocket stoves(ロケットストーブ)

ロケットストーブ(RocketStoves)は、いまから30年ほど前、環境教育NGOによって、主に開発途上国や難民キャンプなど、料理の際に発生す る煙による健康被害を減らすことを主目的として開発された燃焼構造(二次燃焼構造)の名称です。ロケットストーブ以外にも二次燃焼の構造は多数あります が、ロケットストーブの特徴は次の点にあると私たちは理解しています。
1:そこにあるもの…お金無くともそこにあるもの、身近な材料でつくるれること
2:そこにある力…熟練した技術を要しない、始めてつくる人でもつくれる簡単な構造
3:人から人へ…覚えた人が次に覚えたい人へ教えることによって広く普及させること
言い換えればそれは、お金が無くともつくることが可能な、みんなで一緒につくることを通じて、自分が生きているいまという時代を、社会全体の状況を知るこ とができる。これから(未来)をどうやって生きてゆけば良いのかについて学びあう、築きあう方法であるとも言えるのではないでしょうか。

Mountain tribes without borders〜国境なき山岳民族

国境なき山岳民族は、国境や境界線という意識を乗り越え、共に未来を想像しようとする想いを持ち、行動する個人の集まりです。お願いする救援カンパ金は、 ネパールラプラックに、ロケットストーブ燃焼構造を伝えるための支援他、ラプラック村再建の支援を行うための、渡航費、資材購入費、通信費等 に使わせて頂きます。
皆様のお力添えをお願い致します。

 『救援活動カンパ振込先』

【口座名】  国境なき山岳民族 (コッキョウナキサンガクミンゾク)

◆ゆうちょ銀行からの振込の場合
記号 11170 番号 13256621

◆他金融機関からの振込の場合
【店名】一一八(読み イチイチハチ)
【店番】118
【預金種目】 普通預金
【口座番号】 1325662
Mountain tribes without borders〜国境なき山岳民族
事務局代表:小池雅久
〒380-0843長野県長野市長門町1076-2 美学創造舎マゼコゼ 内 026-225-9380
mountain.tribes.nagano@gmail.com

facebook https://www.facebook.com/mountain.tribes.without.borders

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※ 岩手県釜石市根浜海岸で9月1日から開催する、コミもりプロジェクト期間中の企画
「地域つなぎ寺子屋 〜アートが人とまちをつなぐ〜」 のために書いた 資料その1

まちとは姿形あるものでは無く多様な関係性が繋がりあってつくられる、あるいは多くの部分が緊密な連関をもちながら連携することによって起こる有機的な現象であるとも言える。
目に見える現象である部分だけに注目してもまちの全体性は見えてこない。
まちを全体性として捉えるためには、部分と部分を連携させているもの、目には見えない関係性こそが重要だ。そのためには、目には見えないものを感じるための想像力の育みが今後益々重要性を増してくるのではないだろうか。

かつて時代が江戸時代から明治時代へと移り変わると同時に、西欧からは様々なモノとそれまでの日本には無かった西洋的思想、概念が怒涛の如く押し寄せてきた。Artという概念が入ってきたのもこの時期で、リベラルアート(liberal arts)の訳語として「芸術」が、ファインアート(fine arts)の訳語として「美術」が用いられた。
現代に至っては、芸術、美術は共にArtの和訳として、Artとは何かと言った場合、芸術であり芸術作品であり、美術であり美術作品であり、技であり技工である…Artらしき曖昧な概念を示しているとも言える。
「芸術」という日本語があてられたリベラル・アーツ(liberal arts)という表現の原義は「人を自由にする学問」であると言う。古代ローマにおいて、「技術」(ラテン語: ars)は、手の技である「機械的技術」(アルテス・メカニケー、artes mechanicae)と、「自由人の諸技術」(アルテス・リベラレス、artes liberales)とに区別されていた。
artes liberales を英語に訳したものがリベラル・アーツであり、liberal artsを日本語に訳す際にあてられた日本語が「芸術」であったということだ。

いま日本ではArtは美術であり芸術として理解されてはいるものの、芸術、あるいは美術とは何であるのかの概念があまりに曖昧であることを考えれば、Artの社会的役割もまた不明確であるのもまた当然で、日本のArtは経済的に自立できているとは言えないのが現状。
とはいえ近年、社会は多様化しArtもまた多様になっている。
「コミニティーアート」や「臨床美術(クリニカルアート)」など、Artの持つ可能性をコミュニティーや医療の現場で用いられるなど、多様化する社会の変化に応じたArtの役割が見え始めてきた。

そうした動きはArtという概念がそもそも曖昧で隙間だらけであるがゆえ…。
Artとは社会という常に変化を繰り返す曖昧な現象との間にある関係性によって現れるものであり、社会の変化に応じてArtの役割もまた変化してきたとも言える。
社会が多様化すればまたArtも多様化するのはすごく当然なこと。画廊や美術館に展示されるようなアートが不必要になったということでは無いにせよ、人々の趣味も関心事も多様化し続けるような現代社会のニーズに答えられるほどの柔軟性をファインアートは残念ながら持ちあわせてはいない。かつてファインアートがArtを専有していた時代、社会はいまほどに多様では無かったということなのだ。

「アートを用いる…」と言う場合、そもそもArtという概念が実に曖昧であることからすれば、社会は何をArtに求めているのかを出発点として、Artは社会の求めに対して応じることができるのかどうかを判断したそのうえで、社会の求めに応じたArtを提供する…という道筋がある。
しかし、そうしたアプローチが今までのArtの立ち振る舞いとは逆であるような気がするのは、芸術的価値のみを専らにする活動や作品を指す概念であるファインアート(fine art, fine arts)こそがArtであると方向付けられてきた歴史が…そうした方向付から私たちの意識が脱することができないからに他ならない。
イラストレーション、デザインや工芸などの応用美術、漫画やアニメ、映画などの大衆芸術と区別されるファインアート=純粋芸術という概念は、18世紀後半のヨーロッパの貴族社会(上流階級)の中で確立したもの。だからそれはハイアートとも呼ばれる。
もともと、建築物や家具、食器、衣服などへの装飾であったArt(技術)が、壁画が板絵やタブローとなって壁から離れ、建築や構造物にあった彫刻が彫像だけが独立し制作されるようになるなど、独自のジャンルとしてのArtが確立され…とりわけ、絵画・彫刻が発展した。 こうした背景にはテンペラや油彩という新しい技術的要素が起こったことや、上流社会における権力や財力の象徴として絵画や彫刻が売り買いされるようになるといった当時の社会的状況がある。こうした社会状況の後押しがあり、装飾性が実用的機能から切り離されて制作され発展し、装飾性が芸術性に半ば強引に格上げされ芸術的価値(ファインアート)という概念がうまれた。

しかしそもそも、日本を含め東洋には実用的機能から切り離された美術品と言えるものがほとんどない。別の言葉で言えば、美術はある目的性があるからこそ成立し、絵画や彫刻を目的性から切り離すということは、その存在理由を失うということ…その意味からすれば日本や東洋のArtは移動不可能なものが殆どだったと言える。
刀剣や茶碗などにしてみても、いまでこそそれは美術品とされてはいるものの、本来は目的性があるからこその道具であり、実用的機能から切り離されたものではない。
Artにとって画廊や美術館が欠かせないという状況は、まさに芸術的価値のみを専らにする活動や作品を指す概念であるファインアートこそがArtであると示しているに他ならず、美術館に飾られるArtは、あちらこちらの画廊や美術館へと移動を繰り返しながら、ハイアートという商品として売り買いされる対象となるということなのだ。
もちろんそれが悪いということではない…。
だがしかし、もはやArtは単にそれに留まらないということだけは確かなこと…。
Artの可能性とは何か。いま日本が必要とするArtの役割とは何であるのか。
それはかつての、Artにかけられてしまった呪縛からArtが解き放たれた時にようやく見えてくるような気がする。

多様な世界を西欧と東洋に分けて考えることはあまりにも暴力的な考え方ではあるが、近代以降押し進められた世界を巡る権力構造は、少なくとも西欧に発した思考から起こったことは事実であり、未だその西欧的思考、概念が世界を支配し続けていると考えることは概ね間違いでは無いと思う。
だからといって、西欧的思考、西欧的概念をひと括りに否定することはできないが、少なくともこの国…否、いま日本と呼ばれているこの土地、風土だからこそ成立したこの世の捉え方、そこに育まれてきた思想があるからこその西欧思想であり、自分の思考が何処に起因しているのかの認識無くして、多様な世界を感じることは不可能だ。
それは、日本人であれば東洋的思考でなければならないとか、西欧的思考を否定するということでは無い。
自らの思考の原点は何処にあるのか…それは自らの哲学と言うべきか…いずれにせよそれ無くして他者への理解は始まらないと私は思う。

Artとは何であるのかの答えは無い…答えが無いからArtがあると言うべきか。
リベラル・アーツ(liberal arts)の原義が「人を自由にする学問」であり、少なくとも現代のArtもそこにつうじているのだとすれば、「自由」と「Art」の間には切り離すことができない関係性がある。
(古代ローマの人に対する認識(奴隷制度)をそのまま受け入れることはできないものの、)
「人を自由にする学問」がArtであり芸術であり美術と関係しているのだとすれば、Artは必ずや「人の自由を阻害するもの」を感じるための手掛かりとなるはすだ…。

アートが人とまちをつなぐ ものになり得るのかどうか正直なところ私にはわからない。
でもしかし、「人とまちがつながるという自由を阻害するものがあるとすればそれはなにか」
少なくともそれを感じるためにArtは使えるはすだと私は思う。

2014年8月30日 美術家 小池雅久

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長野県北安長曇郡白馬村 落倉高原にある「深山の雪」での
[team汐笑]2014夏プロジェクトが終了した。
3.11。私はこの事実と如何に関係するのか…。
「深山の雪」が私に感じさせてくれることはとても大きい。
どちらが助けるとか助けられるとかではない。
既に木村さんは私の友人だ。
過去と未来の狭間にある、いまという一瞬を共に感じる。
ここで感じること…それがきっとこれからの未来を生きる力へと変化してゆくのだと私は思う。

「汐凪のための部屋をつくりたい…子供たちのための部屋を」
以前から木村さんから聞いていたその希望は、「深山の雪」が本格的に前に進むその時がきたら実行できるだろうと感じていた。
雪がとけ、今年の春が来た頃だっただろうか…木村さんから、「実は…深山の雪は宿で無くても良いと思うのだけれど…ここが宿じゃ無いとすれば何なのだろう」…と相談された。
木村さんと知り合った私たち、たぁらたぁ編集部と私は、持続可能な宿づくり応援団と称して、昨年の秋と今年の冬の二回、「深山の雪」にとっての持続可能性とは何かを考え、感じるためのイベントを行ってきた。
ここでの厳しい冬の備えとして、ロケットストーブ燃焼構造を利用した薪ストーブ、「深山の雪のカルシファー」をつくった。猟によって狩られた鹿を自分たちで解体し調理して食べた。
私たちが暖を得るために燃やす薪、私たちの食料となる肉…そのどちらもがこの世に宿った生命であり、私たちはそうした生命によって生きている。
生命の重みを計ることはできなくとも、この世に存在する全ての生命と自分の生命との関係を感じることはできるはず。
なぜ煙を燃やしてまで薪の量を減らすのか…。
なぜ鹿を自分で解体してまで食べるのか…。

それはそこに生命があるから。
私たちはその生命と繋がっているから。
この世に存在するもの、生きとしいけるもの…石も水も空気も、見えるものも見ないものも、すべてみな互いに関係しあいながら生きている。生命の関係性から切り離されたものはなにもない。
この世とは無数の関係の連なりからなる一つの生命。
私たちは、自らの生命を燃やしながら、食べながら生きている。

「深山の雪」は宿じゃない…。
例えば、「落倉の森で刈られた木を、地面に穴を掘って立てる」こと。
たったそれだけの行為の中に、この世の全ての生命が延々と連なり、紡ぎ続けてきた関係性が凝縮されている。

みんなで、「汐笑庵(じゃくしょうあん)」を支える丸太柱を建てる穴を掘った…。
ここに集まる人、それぞれの関係性を紡ぎ、いまここにある生命を感じる。
未来は私たちがつくることができる…そうした道筋が「深山の雪」という場のつくり方、在り方なのかもしれないと思った夏だった。

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美学創造舎マゼコゼを運営するリキトライバルS・A・W は、
「生命」「美しさ」についてを共に考え、共につくるためのワークショップを行っています。

第3回 「火の哲学~火造り」
※座学(講義+ディスカッション)
8月1日(金)19時~21時
場所:美学創造舎マゼコゼ(長野市長門町)
料金:¥2,100(テキスト代、飲みもの代 込み)
定員10名(1名以上の申し込みがあれば実施します。)

ワークショップのお申し込みは、
美学創造舎マゼコゼ 026-225-9380
またはメール rikitribal@yahoo.co.jp

「生命」「美しさ」についてを共に考え、共につくるためのワークショップ
第3回「火の哲学~火造り」

私たちが暮らす地球の中心核には重量比にして35%の鉄があると推定されてはいるものの、地球表面部分(地下約16kmまで)に存在する元素は酸素49.5%、シリコン25.8%、アルミニウム7.56%、鉄4.70%…。
人類の歴史の中で、鉄は極めて重要な役割を果たし続けてきてはいるものの、採掘可能資源量を採掘量で除した残存資源量は約70年と推定されています。
この鉄と私たちを結ぶもの…それは火の力。
今回のワークショップでは鉄から火を考えてみようと思います。

1、鉄とは何か
2、鉄を感じる
3、鉄と暮らし
4、鉄を産む…たたら
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先日、美学創造舎マゼコゼで、「生命」「美しさ」についてを共に考え、共につくるためのワークショップとして、第1回「火の哲学~火の力」を行った。
第2回は、7月22日(火)10時~15時
「火と暮らし~木を燃やす」 

今回のワークショップは私の中にあり続けている疑問からスタートする。
長野に戻り暮らし始めてから私にたくさんの気付きをもたらしてくれたものの一つ…RocketStoves。
私にとってのRocketStovesの重要性とは、その機能性のみならず、目には見えないものを感じることができるものという重要性がある。…しかし、私の内にはその重要性を伝えきれていない…というジレンマが鬱積してしまった。
この状態のままであるのなら、RocketStovesに関するワークショップはやらないほうが良いのではないか…この疑問が今回のワークショップシリーズの発端だ。

ここ数年、またたく間に、ロケットストーブという名称が知れ渡り、全国各地でロケットストーブづくりのワークショップが多数開催されるようになった。
”ワークショップ”がつくり方講座…と、ほぼ同義語となっている現在、ロケットストーブワークショップの大半もまたロケットストーブのつくり方講座であるとも言える。

RocketStovesの作り方を覚えた人が次の人にその作り方を教えることができることは、RocketStovesにとっての大きな必要性であり、ここに異議を唱えるつもりはない。
だがしかし、RocketStovesがなぜ人から人へと伝えられる仕組みとなり得るのか…ここを抜きにRocketStovesは語れない。

RocketStovesの背景にあるもの…それは、私たちが生きるこの社会の「いま」
私たちが生きる『いま・ここ』とは、どんな『いま・ここ』であるのか…RocketStovesが目には見えない『いま・ここ』を感じる為の手立となり得るのか…RocketStovesの先にどんな未来を想像することができるのか…
今回シリーズで開催するワークショップは、単に作り方を伝えるのではなく、まずは私がRocketStovesと関わることによって見えてきたこと、私が感じる『いま・ここ』から話し始めてみようと思う。

RocketStovesが開発された背景には、発展途上国における健康被害、熱帯地域を中心とした急激な人口増加問題、エネルギー問題があるが、こうした問題はすべて、いま世界規模で深刻化する『貧困問題』に集約される。
こうした深刻な問題の解決方法の一つとしてとして1982年頃にアメリカのNGOによって研究開発されたRocketStoves。
その基本構造は実に単純でありながら、高度な熱力学によって導き出された科学的根拠を携えている。

だからと言って、なぜ いま、RocketStovesなのか…
ここを考えるために、ワークショップでは、「生命」「美しさ」とは何か…「火とは何か」をRocketStovesについて考える為のきっかけとして取り上げる。
そしてまず第1回「火の哲学~火の力」では、私が最近書いた文章…「ネアンデルタールの火」をテキストとして、私に想像力とは何か…についての大きな気付きを与えてくれた、フランスの詩人、哲学者であるガストンバシュラールに触れることにした。

赤々と燃える焚き火。
その炎を見つめながら薪が爆ぜる音を聞いていると、かつて狩猟と採取によって暮らしていた人間と現代に生きる私との間には、いったいどれほどの違いがあるのだろうかという想いが沸き起こる。(ネアンデルタールの火「火の力」)

想像力とは何か…私はなぜ想像するのか。

「意思よりも生の飛躍そのものよりも、より以上に心的生産の力そのものである。心的には、われわれはわれわれの夢想によってつくられるのだ」(ガストン・バシュラール『火の精神分析』p.181)

バシュラールは、見なれないものを目にして驚いたり、予期せぬ動きや構造に触発されそこにあるものとは別のモノやコトへと思いが膨らんでゆく…そのような時に働く想像力を「形式的想像力」とし、これに対して、燃えさかる炎を見て、その美しさに魅入られたり、川面のせせらぎや、水の動きに心が奪われる…といった、物質の直接的なイメージによって、わたしたちの想像力がかきたてられ、さらにその奥底へと意識が開かれてゆく時に働く想像力を「物質的想像力」と呼んだ。
ものの多様性や、色や形に美しさを感じたことを発端に、そこからさらなる美しさを探し求めようと外へと向かう「形式的想像力」と比較すると、「物質的想像力」は、はるかに内省的で、物質に内在する原初的なものや永遠的なものを求め、存在に対する深い考察を促してゆくものであると考えた。
さらにバシュラールは、この「物質的想像力」は、古代からこの世の四元素(エレメント)として捉えられてきた、火、空気、水、大地と深く関係しているとして、想像力の領域における「四元素の法則」が確立できると主張する。

RocketStovesというものめずらしさ、多様性や可能性が人を惹きつけること。RocketStovesが人の想像力を掻き立てることは、この社会における貴重な可能性であると思う…。

市場に対し次から次へと生み出される新商品や新製品は、私たちの想像力のうちの「形式的想像力」を掻き立てる…とも言える。
もちろん「形式的想像力」が、私たちにとって欠かすことのできない重要な想像力ではあるものの、たとえば現在の学校教育における図画工作や美術といった学びによって育まれる想像力が「形式的想像力」の育みに傾きすぎていやしないだろうか。
そこには何かが足りない…そう思うのは私だけなのだろうか。
バシュラールの言うところの、「物質的想像力」の育み…
美術やArtはそれを育むことができるのであろうか。
私にはRocketStovesの中に…、そこで燃える火の中に、物質的想像力を育む何かがあるような気がしてならないのだが…。

科学における普遍性に裏打ちされた社会に生きる私たちは、ともすれば、見たことも…感じることもできないことさえも、科学によって検証されている…と信じて疑うことができなくなってしまう。
しかし、科学によってつくられた認識…科学的な自然法則と、私たちが実際に手で触ることのできる自然の法則…との間には深い断絶がありはしないだろうか…。
ここに橋を掛けるにはどうすれば良いのか。

RocketStovesがその橋となり得るのかどうかはわからない…。
しかし私はRocketStovesに内在する原始的なもの、永遠的なものに意識を向けてみようと思う。
そこには確実に、水と空気と大地によって育てられた木が燃えているという事実が、そこに火がある。

全ての存在に対する深い考察が育む、物質的想像力。
自らの内にあるであろう原始的なもの、永遠的なものを感じ、想像しながら生きたいと思う。

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フィリピンの首都、メトロマニラの北西部に位置する世界有数の人口密集地帯 トンド。
かつてここには、通称、スモーキー・マウンテンと呼ばれるごみの最終処分場があったことで、周辺はスラム(poor aria)化し、現在に至ってもなお、トンドには多くのスラムが存在している。

昨年、東京三鷹市にあるヤドカリハウスの山田征さんから、私が自作しているTLUD(Woodgas stove)が、トンドで暮らすurban poorの人々の支援策として使えないだろうか…と相談を受け、今年はじめ、2種類のTLUD Stovesを、トンドに行く山田さんに持って行ってもらうことにした。
その時は、実際に火を点けて使ってみることができなかったということだったが、先日、トンドで活動する支援団体の方から私宛のお礼と現状報告のお手紙を頂いた。

手紙には、トンドの生活支援策として有効な手立てとしたい…とのことが書かれていたが、問題点として、送ってもらったStovesにあるような綺麗な円形の穴をあける道具が無い…と書かれていた。

確かに…私が送ったTLUDは、ペンキ缶を改造したものと、自動車オイルが入っていたペール缶を改造したものの2タイプで、どちらの材料も廃材で事足りる…とは言え、加工には金切ハサミとペンチ、電気ドリル、数種のドリル刃、そして、大きな穴を開けることのできる、ホールソ-という特殊な刃を用いていた…。
私は、トンドなら廃材…ペンキ缶やペール缶はいくらでも手に入るはずだし、燃料として燃やす木屑や紙は幾らでも手に入るだろうし、これだけ簡単な仕組みなら後はどうにかなるだろう…と思っていた。
がしかし、自作のTLUDとは言え私の作ったStovesは日本製、穴の大きさや形状も日本製なのだ…。

そもそも私がロケットストーブやTLUDに注目するようになったのは、そこにある材料とそこにある力でつくる力を持つことによって、いま自分たちが何処にいるのかを知る手立てとなるのではないか…と思ったからだった。
完璧な機能性はさして重要なことでは無い…。
何よりも、生きる力とは何であるのかを教えてくれるものであること…そのことこそが最も重要なのだ。

私にとって、東南アジア…とりわけ、フィリピンは私の思考性にとって極めて重要だ。
いままで、トンドをはじめ、私がフィリピンから学ぶことはあれど、教えることは何も無いと思っていた。
…別の言い方をすれば、私の国…日本という国の歩みに生じた歪がフィリピンを通じて見えてくると言うことなのだ。

丸い綺麗な穴を開けることができるのが日本。
私は日本という国に生まれ、今もその国から考えている。

綺麗な穴など開ける必要は無い。
生命とは、それほど弱いものでは無いのだと、私はフィリピンに暮らす人々から教わったのだ。

 

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